日本薬局方に収載間近!蛍光X線分析法の基礎と医薬品分析への期待
12 22, 2025
1. はじめに
私は普段、蛍光X線分析(XRF : X-ray Fluorescence Spectroscopy)の装置に関わる仕事をしていますが、ここ数年、製薬企業の方からXRFについて相談を受ける機会が明らかに増えました。「医薬品にXRFって使えますか?」「日本薬局方に載るって聞いたのですが本当ですか?」といった質問です。
少し前まで、XRFは金属材料やセラミックス、環境分析などで使われる印象が強く、医薬品とはあまり結びつかなかったかもしれません。しかし最近は、医薬品に含まれる金属などの不純物を確認するための手法として、XRFを検討する企業が増えてきました。
今回のブログでは、XRFが注目される理由と、その特徴について、現場の皆さんがイメージしやすいように解説していきます。
・なぜ「今」XRFが注目され始めたのか
・ICP-MS⇔XRFとの比較
・適材適所で使い分け
・XRFのしくみを簡単に紹介
2. なぜ「今」XRFが注目され始めたのか
ご存じのとおり、ICH-Q3Dで元素不純物の許容値が示され、原薬・添加剤・製造装置などから混入する金属不純物の確認が欠かせなくなりました。多くの企業では、これまで通りICP-MSを中心に測定が行われています。ただ、現場の方からは「酸処理や希釈の手順が複雑で、時間がかかる」「ランニングコストが高い」などの声も聞かれます。こうしたICP-MSの運用上の課題がある中で、「固体のまま、もっと気軽に測れる方法があると助かる」という要望が増えてきました。こうした背景のもと「迅速・非破壊・簡便」という特徴を持つXRFが評価されつつあります。
さらに最近、日本薬局方にXRFが収載される見込みが高まっているという動きがあり、医薬品メーカーにとっては公定法としての信頼性が担保されるという重要な意味を持ちます。これがXRFの注目をさらに後押ししています。
3. ICP-MS⇔XRFとの比較
ICH Q3Dが要求する金属不純物管理は、“測定できればよい” という単純な話ではなく、現場では分析目的・マトリックス・工程内の位置づけによって適切な手法が変わります。製薬企業の分析者の方々と議論をする中で、「ICP-MSとXRFのどちらが優れているのか?」という二者択一ではなく、組み合わせてこそ現場全体の効率が最大化するという考えが広がっていることを実感しています。まず、両者の特徴を整理します。
ICP-MS の特徴
・メリット
極めて高感度:ppb〜pptレベルまで到達し、ICH Q3Dレベルの規制値評価に最も適する。
定量の信頼性:標準物質が豊富で、トレーサビリティが明確。分析方法の標準化が進んでいる。
・デメリット
酸分解などの前処理が必須:製剤構造や局所的な情報は失われ、最終的には“溶液としての平均値”になる。
スループットの制約:前処理工数、熟練者スキル、設備維持が必要。日常業務での大量分析には負荷が大きい。
XRFの特徴
・メリット
非破壊測定:錠剤・顆粒・コーティング層をそのまま測定できる。局所的な元素情報の取得、コンタミのリスクを最小化。
迅速性:測定時間は数十秒〜数分。工程内・受入・QC スクリーニングに極めて強い。
前処理不要による省力化:酸分解や溶解効率の検討が不要で、分析者の熟練度への依存が小さい。
ランニングコストが低い:酸・高純度ガス・消耗品がほぼ不要。
・デメリット
感度には制約がある:特に ICH Q3D のクラス 1の元素(As, Pb, Hg, Cd)ではICP-MSの方が高感度である。検出下限はサブppmレベルが実質的な限界。
定量の信頼性:医薬品専用の標準物質が少なく、標準化が遅れている。マトリックスの影響により感度が変わる。
図1 ICP-MSとXRFの分析の手順
4. 適材適所で使い分け
ICP-MSとXRFの一般的な特徴を踏まえ、製薬分野で採用されている運用例を整理します。
それぞれの技術が得意とする領域を考え、次のような使い分けが行われます。
- ICH Q3D の評価・規制対応 → ICP-MS が中心
元素不純物の許容値を評価する際には、感度や定量精度が重視されるため、最終的な適合性判断には ICP-MSが用いられます。
- 日常 QC やロットの状態確認 → XRF が適合しやすい
前処理を必要とせず固形製剤を直接測定できることから、日常的なスクリーニングやロット間の比較 などには XRF が利用される場面があります。
- 多検体スクリーニング → XRF → 必要なサンプルのみICP-MS
多くのサンプルを扱う場合、まず XRF で大まかな傾向を把握し、基準を超えそうなサンプルだけ ICP-MS で詳しく測定するといった二段階の運用が採られることがあります。
- トラブル調査 → 初期判断に XRF、必要に応じて ICP-MS
異物や外観不良が発生した場合、まず 非破壊で迅速に確認できる XRF が用いられ、濃度レベルを正確に分析する必要がある場合は ICP-MS による追加解析 が行われます。
5. XRFのしくみを簡単に紹介
ここからは、XRFの基本原理と装置の分類、定量分析法を簡潔に整理します。
- 蛍光X線の発生
試料に一次X線を照射すると、測定中の原子が励起され元素固有の“蛍光X線”を放出します。この蛍光X線のエネルギー(あるいは波長)と強度を測定することで、
・元素の種類(スペクトル位置)
・元素の量(ピーク強度)
を求めることができます。化学形態は分かりませんが、「どの元素がどれくらい含まれているか」を迅速に把握できます。
図2 XRFで何ができるのか?
- 装置の種類
蛍光X線分析装置には大きく分けてエネルギー分散型(EDX)と波長分散型(WDX)の二種類があります。医薬品分野では、操作性の良さからEDXが検討されることが多いものの、特定元素の定量精度を優先したい場合にはWDXが有効な選択肢となることもあります。
- 試料調製:とても簡単
XRFの大きな利点の一つが、試料調製の手間が少ないことです。
・ルースパウダー法(粉末を容器に入れるだけ)
・錠剤をそのまま測る
といった形で、基本的に溶解操作が不要です。ただし、粉体の粒度や偏析の影響を受けることがあるため、安定した測定のためのちょっとしたコツが必要な場合もあります。次回のブログでは、こうした試料調製のポイントを詳しく紹介していく予定です。
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図3 簡単な試料調製法(ルースパウダー法)
最後に
本記事では、医薬品の分析で蛍光X線が注目されている理由や、従来法との違いについて紹介しました。XRFは、ICP-MSのすべてを置き換える手法ではありませんが、前処理なしで固体のまま測れるという特徴は、医薬品の製剤分析において有用性をもつ点があります。日本薬局方の収載が進めば、今後さらに使われる場面が増えていくと思います。
次回以降は、EDXとWDXの違いや、試料調製法、定量分析法のポイントなど、より実務に近い内容を取り上げる予定です。引き続き、現場で役に立つ情報を届けていければと思います。