DSC測定の基本条件を押さえる:製剤開発で失敗しないための容器・サンプル量・充填のコツ

11 19, 2025

DSC測定

示差走査熱量測定(DSC)は、医薬品開発や品質管理において、多形、純度、ガラス転移、安定性評価など、非常に多くの情報をもたらす強力な分析手法です。しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出すには、適切な測定条件の設定が不可欠です。

DSCを測定する際には、まずは目的のサンプルを指定の容器に充填します。このときのパラメータ、「容器」「サンプル量」「充填技術」は、得られるデータの品質を大きく左右する基本とも言える重要なパラメータです。この記事では、DSC測定で失敗しないための、これら3つの基本的な条件設定のポイントを解説します。

 

1.容器:サンプルの挙動を制御する

サンプルを入れる容器(パン)の選択は、測定の成否を分けます。材質や形状によって、サンプルの反応や熱の伝わり方が変わります。容器の材質は、測定温度範囲によって、アルミニウム、白金、アルミナなどが使われます。測定温度範囲とサンプルとの反応性によって選択しますが、製薬分野では500℃以上に昇温することはほとんどないため、安価で熱伝導率の高いアルミニウム製の容器が使われます。

容器の形状はオープン、クリンプ、シールがあります。製薬分野でDSC測定を実施する場合、シール容器が使われることが多いです。シール容器は容器と蓋を圧着することで密閉状態にします。

水や溶媒の蒸発を抑制できるため、医薬品の水和物や溶媒和物の分析に不可欠です。蒸発による大きな吸熱ピークを防ぎ、融解などの吸熱挙動を区別して観測できます。

シール容器を使用する場合、圧着が甘いと目的の融解が起こる前に水分や溶媒成分が気化してしまいます。これでは正確な熱量測定はできません。専用のシール治具を使い、手順書に従って正しく操作しましょう。

サンプルシーラー

 

2. サンプル量:感度と分解能のバランス

サンプル量は、DSC測定において最も基本的なパラメータの一つです。多すぎても少なすぎても、良好なデータは得られません。感度と分解能のトレードオフの関係を理解し、目的に応じた量を選びましょう。

サンプル量 メリット デメリット
多い場合 小さな熱変化(例:ガラス転移)に対する感度が向上。 サンプル内部で温度勾配が生じ、ピークがブロードになり分解能が低下。ピーク温度が高温側にシフトする傾向。
少ない場合 サンプル内の温度が均一になりやすく、分解能が向上し、シャープなピークが得られる。 熱変化が小さくなり、感度が低下。特にガラス転移や弱い相互作用の検出が困難。

 

3. 充填技術:再現性と熱接触が鍵

サンプルをパンにどう詰めるかは、見落とされがちですが、データの再現性に直結します。基本的にはサンプルはパンの底面に薄く、均一に広げるのが理想です。これにより、サンプル全体への熱伝達が均一になり、シャープなピークが得られます。またパンの底面とサンプルが密着していることが重要です。粉末サンプルの場合は軽く押さえて底面との接触を良くすることが理想ですが、圧力による結晶転移などの変化を引き起こす可能性もあるので注意が必要です。これをメカノケミカル効果と呼びます。またパンの底面が変形したり、汚れたりしていると、センサーとの熱接触が悪くなり、ベースラインの乱れやピークの歪みにつながります。

 

まとめ

DSC測定において、良好なデータを得るための第一歩は、適切な条件設定です。特に再現性の高いデータや試料間比較を正確に行うためには、これらの手順を常に同じになるように意識してください。

  まず試す条件 ポイント
容器 アルミニウム製シール容器 水分・溶媒の蒸発抑制、正しい圧着が必須。
サンプル量 融解:1~2mg
ガラス転移:5~10mg
感度と分解能のトレードオフを意識。
充填技術 底面に薄く均一に広げる 熱接触の確保とメカノケミカル効果の回避。

また未知のサンプルを測定する際には、サンプルの分解温度を文献等で把握しておいてください。分解等のガス発生によりDSCセンサーを汚染させてしまう可能性があります。可能であればSTA(Simultaneous Thermal Analyzer、同時熱分析装置)にてあらかじめ分解温度を把握しておくことをおすすめします。これらの基本を押さえることで、測定ミスを減らし、信頼性の高いデータを取得することができます。

熱分析のアプリケーション開発に携わり、医薬品をはじめとする様々な材料、産業分野のお客様の問題を解決してきました。わたしが担当するブログでは、医薬品研究開発で直面する様々な問題に対して、熱分析によるアプローチをご紹介します。