全散乱測定

PDF解析用のプロファイル測定

PDF解析のための測定は、全散乱測定(Total Scattering Measurement)と呼ばれており、 その理由は、回折ピークだけではなく通常のXRD測定ではバックグランドとして取り扱われる局所構造を反映したブロードな散乱強度(散漫散乱)も解析に使用するためです。
全散乱測定のデータは、装置からの余分な散乱強度(寄生散乱)が含まれないように工夫しなければいけません。
またデータ取得のためには、3つの点に注意する必要があります。

 

1) X線波長

高い実空間分解能のPDFを得るためには、広い散乱ベクトル $Q$ 範囲のデータが必要です。
散乱ベクトルとは式のように定義されており、入射X線の波長が短い(高エネルギーなX線)ほど広い $Q$ 範囲のデータを測定することができます。

\begin{equation} Q = \frac{4\pi}{\lambda} \sin \theta \nonumber \end{equation}

実験室系では、$\mathrm{Mo\ K}\alpha$線や$\mathrm{Ag\ K}\alpha$線が一般的に利用されます。
$\mathrm{Cu\ K}\alpha$線, $\mathrm{Mo\ K}\alpha$線, $\mathrm{Ag\ K}\alpha$線で測定したSiO2ガラス試料を横軸 $2\theta$(左図)、横軸 $Q$ (右図)で示しました。 $\mathrm{Mo\ K}\alpha$線, $\mathrm{Ag\ K}\alpha$線では同じ$2\theta$角度でも$\mathrm{Cu\ K}\alpha$線よりも広い範囲の全散乱強度を測定できていることが分かります。

Total Scattering Figure 4

各波長で測定したSiO2ガラスのプロファイル(左: 横軸 $2\theta$、右: 横軸 $Q$ )


では、広い $Q$ 範囲の全散乱を測定するメリットとは何なのでしょうか?
それは、全散乱強度をフーリエ変換することで得られるPDF $G(r)$のピーク幅は、測定した $Q$ の最大値 $Q_{\max}$での打切り誤差が畳み込まれために広がってしまいます。
$Q_{\max}$での打切り誤差によるピーク幅の広がりは実空間分解能を知る指標として $\Delta r$ があり下の式で定義されています。

\begin{equation} \Delta r = \frac{\pi}{Q_{\max}} \nonumber \end{equation}

X線の場合、$2\theta=180^{\circ}$の条件を使うと簡便な$\Delta r$ の見積ることができ、測定に使ったX線の波長の$1/4$となります。

\begin{equation} \Delta r \approx \frac{\lambda}{4} \nonumber \end{equation}

測定に使ったX線の波長別のRDFを下図に示します。
どの波長でもSi-O相関が観測されているものの、$\mathrm {Mo\ K}\alpha$線, $\mathrm {Ag\ K}\alpha$線ではO-OおよびSi-Si相関のピークがあらわれているものの、 $\mathrm {Cu\ K}\alpha$線では実空間分解能が低くなるため(すなわち$\Delta r$ の値は大きくなる)本来2つのピークが1つのピークとして観測されています。 以上のことから、実験室系装置においては波長の短い$\mathrm {Mo\ K}\alpha$線や$\mathrm{Ag\ K}\alpha$線の使用を推奨しています。

 

Total Scattering Figure 5

各波長で測定した動径分布関数 $R(r)$


次に$\mathrm{Mo\ K}\alpha$線もしくは$\mathrm{Ag\ K}\alpha$線どちらの波長を選択すればよいのか考えてみたいと思います。
先に述べた通り、実空間分解能$\Delta r$ の高い$\mathrm{Ag\ K}\alpha$線のほうが全散乱測定に良いのではないか $\large{?}$ と思われるかもしれません。 しかし、測定試料によっては試料からの蛍光X線が生じ解析が困難になる場合があります。 下図には、注意するべき元素に対して相性の良い波長を示しました。

Total Scattering Figure 6各元素に相性の良いX線の波長


下図に$\mathrm{Ag\ K}\alpha$と$\mathrm{Mo\ K}\alpha$で測定したZrO2の全散乱プロファイルを示します。 $\mathrm{Ag\ K}\alpha$で測定したデータは回折ピークによりも蛍光X線によってバックグラウンドが悪化しているのが分かります。 一方、$\mathrm {Mo\ K}\alpha$線で測定したデータでは、蛍光X線の発生が抑制され高いS/Nであることが分かります。

Total Scattering Figure 7$\mathrm {Ag\ K}\alpha$: 青と$\mathrm{Mo\ K}\alpha$: 赤 で測定したZrO2の全散乱プロファイル


したがって、ボールミリングの材質として良く使用されるZrO2が少しでも試料に混入している可能性が高いときは、$\mathrm{Mo\ K}\alpha$ で測定したほうが良い結果が得られます。 また、検出器のディスクリミネーターを狭くして蛍光X線成分を軽減できますが、同時にコンプトン散乱成分の一部が観測されなくなってしまいPDF解析が困難なデータとなってしまいます。

 

2) 測定方法(反射法もしくは透過法)および吸収補正

測定は、透過法と反射法があります。透過法が良く使用され、キャピラリー等に試料を充填して測定することが多いです。 その場合、ブランク成分として空キャピラリーのプロファイルを試料+キャピラリーのプロファイルから差し引く必要があります。 反射法の場合は、$\mathrm{Mo\ K}\alpha$線や$\mathrm{Ag\ K}\alpha$線を使用すると、試料の侵入深さが深くなり試料板からの散乱が観測されないように注意してください。 また、いずれの方法でも、試料によるX線の吸収は避けることが出来ません。 データからサンプルのみの干渉性散乱強度を正しく抽出するために正しい吸収補正を実施する必要があり、PDFプラグインでは円筒透過・平板対称透過・平板対称反射において吸収補正に対応しています(図 8)。

Total Scattering Figure 8測定法の概要図


 

3) 測定条件(強度)

ユーザーで設定できる測定条件の中でも強度が変動するパラメーターは、走査速度やサンプリング間隔になります。 下図に走査速度を変えて強度を変化させたSiO2ガラスの$2\theta$プロファイルとPDFプロファイルを示します。 左図中にはピークトップの強度が示されており、その色に対応する右図のPDFを見てみると低強度ほどノイズが入り込んでしまっていることが分かります。 そのため、高強度を得るための工夫が必要で、例えばX線源や検出器などの装置依存のパラメーターも重要となってきます。

Total Scattering Figure 9測定した$2\theta$プロファイル(左)とPDFプロファイル(右)


 

SmartLabの紹介

全散乱測定用の装置としての、SmartLab (ゴニオメーター) の特長を紹介したいと思います。 ゴニオメーターは、スリット類を除くとX線源、ミラー、試料部、検出器から構成されており、それらについての要素技術を説明します。

ゴニオメーター

測定角度は入射角を$0^{\circ}$に固定した状態で、$2\theta$を最大$160^{\circ}$まで動作させることが可能です (下図参照) 。またゴニオメーター半径は300 mmと長いので、角度分解能が高いです。

Total Scattering Figure 10


SmartLabの内部(左、$2\theta=160^{\circ}$配置)、キャピラリーの設置方法(右、動画)


X線源

封入式管球・回転対陰極式管球を選択することが可能で、下の表にそれぞれの出力をまとめました。 回転対陰極式管球は実験室系装置の中でも最高出力の管球です。

表. 各ターゲットの出力一覧

波長< 出力(kW)
(封入管式)
出力(kW)
(回転対陰極式)
$\mathrm{Mo\ K}\alpha$ 3.0 kW
(60 kV-50 mA)
9.0 kW
(60 kV-150 mA)
$\mathrm{Ag\ K}\alpha$ 2.16 kW
(60 kV-36 mA)
6.0 kW
(60 kV-100 mA)

 

多層膜ミラー

多層膜ミラーのCBO-Eを用いることで、X線ビームを検出器に集光させることが可能になります。 検出器に集光しているので、高強度・高分解能のデータを透過法で取得することが可能になります。

試料部

透過法用のキャピラリーアタッチメントを用いると、簡単に試料を取り付けることが可能です。
キャピラリーの固定方法は、図10の動画で示します。非常に簡単に設置出来ていることが分かります。

検出器

高エネルギーに対してX線検出効率の良い検出器が推奨されます。 リガクではSi素子を厚くした検出器 (D/teX Ultra250 HE, HyPix-3000 HE) を販売しています。 センサーが厚いので、高エネルギー波長に対して効率も良く、さらに${\mathrm {Cu\ K}}\alpha$などの低エネルギー波長でも検出効率を損なわず測定できます。 またPDF解析ではCdTe素子を搭載した検出器が良く宣伝されていますが、 例えば${\mathrm {Mo\ K}}\alpha$や${\mathrm {Ag\ K}}\alpha$の高エネルギー波長の吸収率は100%ではありますが、 X線の検出効率は100%でない点や、${\mathrm {Cu\ K}}\alpha$等の低エネルギー波長の検出効率は著しく低下する点に注意してください。

 

SmartLabと放射光施設のデータ比較

SmartLabと放射光施設(BL04B2)で測定された構造因子 $S(Q)$を図に示します。 両者は非常に良く一致していることから、SmartLabでは放射光施設と遜色ない全散乱強度を測定できることが分かります。 更にリガクではPDF解析オプションを購入された場合、SiO2ガラスの$S(Q)$を使った出荷検査しているので安心して測定・解析することが出来ます。

 

Total Scattering Figure 11SmartLabとBL04B2 (SPring-8) で測定したSiO2ガラスの構造因子$S(Q)$の比較

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