PDF解析に関するFAQ

お客様からあった質問を幾つか記載します。

Q1. ラボ機ベースのPDF解析では、$\mathrm{K\alpha}$線を単色化して$\mathrm{K\alpha_{1}}$線にしたほうが良いのか?

A. 単色化しなくて良いです。理由は実空間分解能 $\Delta r$を計算すると、仮に$\mathrm{K\alpha_{1}}$単線と$\mathrm{K\alpha}$線のデータを比較しても0.001Å以下程度の差しかない為です。 さらに$\mathrm{K\alpha_{1}}$に単色化すると強度が単色化前の1/10となり、測定時間が10倍かかります。

 

表. それぞれの波長における$\Delta r$

特性X線 $\lambda\ (Å)$ $Q\ (Å^{-1})$ $\Delta r$ (Å)
$\mathrm{Ag\ K\alpha}$ 0.560880 22.0644 0.1428
$\mathrm{Ag\ K\alpha_{1}}$ 0.559422 22.1219 0.1420
$\mathrm{Ag\ K\alpha_{2}}$ 0563813 21.9496 0.1431

 

Q2. 薄膜試料のPDF解析は出来ますか?

A.ラボ機では現状難しいです。MoやAg波長は侵入深さが深くなるので、薄膜以外の基板からの情報が入り込んでしまいます。

Q3. 化合物をPDF解析は出来ますか?

A. 出来ます。しかしながら、重量比や組成比によって、目的の原子間距離が見えづらくなる場合もあります。またPDFguiを用いてフィッティングすると、スケールファクターから重量比も求めることが出来ます。

Q4. PDF解析するためには大体どれくらいの測定時間ですか?

A. テスト測定では数分から10分程度です。本測定は4時間ほどかける場合が多いです。また本格的にモデリングの解析を行う場合は、1日程度かける場合もあります。求める解析や質によって、測定時間が増減します。

Q5. PDF解析にはCdTe検出器が良いと聞いたがどうですか?

A. CdTe検出器は確かに高エネルギー波長の吸収率が良いですが、検出効率は100%でないです。
また$\mathrm{Cu\ K}\alpha$のような低エネルギー波長はより検出効率が悪くなり、別検出器を用意する必要があります。
また一般的に販売されているCdTe検出器は、水冷・乾燥空気循環システムが必要になり、メンテナンス性がSi検出器よりも悪いです。

Q6. 反射法でも解析できますか?

A. 反射法でも解析は可能ですが、空気散乱などのBG成分をどのように処理するかが、少し難しいです。そのため、基本的には透過法をお勧めします。

Q7. 多元素系試料のPDFパターンから目的の原子間距離だけ抽出できますか?

A. SLS$\mathrm{I\hspace{-.01em}I}$のRMC機能やPDFguiで抽出可能です。

Q8. EXAFS(広域X線吸収微細構造)とPDFのメリット・デメリットを教えてください。

A. XAFSのメリットは元素選択性があるところです。
そのため、着目したい元素を含む相関の第1~2隣接の比較的短距離の情報を直接観測することが可能です。
EXAFSのデメリットは、長距離側のデータの信頼性が低いことや、絶対距離を得るためには位相補正が必要なことです。一方、PDFのメリットは、短距離から長距離まですべての情報を捉えることが出来るので、構造解析を行うことが出来る点です。
またEXAFSのように位相補正しなくても絶対値を算出できます。PDFのデメリットは、系内に含まれる全原子の相関が観測されてしまうことです。特に実材料のほとんどは多元素で構成されており、実測値のみでは特定の相関を抽出することができません。RMC法などを使って着目したい相関を抽出します。

 

表. PDFとEXAFSの特徴の比較

  PDF EXAFS
元素選択性 なし あり
距離情報 補正無しで得られる 位相補正が必要
得られる距離情報 全元素の重み付き相関 特定の元素の相関

 

Q9. 放射光で測定したデータをSmartLabStudio $\mathrm{I\hspace{-.01em}I}$で解析することはできますか?

A. 可能です。測定データに対して波長情報と水平偏光率を与えることで解析することができます。

Q10. 非晶質と結晶の混合物の場合、それぞれの構造情報を抽出することができますか?

A. 非晶質は結晶と比較して強度が非常に弱いため、非晶質からの情報は結晶の情報に埋もれてしまう可能性が高く、抽出が困難です。

Q11. Li₂S のLi-Li相関は観測できないのですか?
A. 結論から言うと、全散乱データやPDF解析の結果にLi-Li相関が現れることはありません。

T. E. Faber と J. M. Ziman によって、Debyeの散乱式で計算された全相関を相関別に分類(部分相関)する考え方が報告されています₁)。
この考え方で表現される構造因子やPDFは、Faber-Ziman型の構造因子・PDF と呼ばれます。
ここでは、Li₂Sを例にFaber-Ziman型構造因子の説明をします。

\begin{equation} S(Q) = \frac{c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{LiLi}}(Q) + \frac{c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{LiS}}(Q) + \frac{c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{SLi}}(Q) + \frac{c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{SS}}(Q) \nonumber \end{equation} \begin{equation} \langle f \rangle = \sum_{i}^{n}c_if_i \nonumber \end{equation}

$S(Q)$は$\mathrm{Li_{2}S}$の構造因子、$c_{i}$ と $f_{i}$ は、それぞれ$i$ 原子の濃度と原子散乱因子を示します。
さらに式中のLi-OとO-Liは等価(区別できない)なので1つにまとめることができます

\begin{equation} S(Q) = \frac{c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{LiLi}}(Q) + \frac{2c_{\mathrm{Li}}f_{\mathrm{Li}}c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{LiS}}(Q) + \frac{c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}c_{\mathrm{S}}f_{\mathrm{S}}}{\langle f \rangle^{2}}S_{\mathrm{SS}}(Q) \nonumber \end{equation}

この式から全散乱強度で観測される相関は、原子の濃度と原子散乱因子を係数とした部分相関の和であることが分かります。 構造因子 $S(Q)$とPDF $G(r)$はフーリエ変換によって相互変換可能なので、$G(r)$にもFaber-Ziman型構造因子の概念を適用することができます。ただし、$G(r)$の時は原子散乱因子 $f$ の部分が原子番号 $Z$ となります。

\begin{equation} G(r) = \frac{c_{\mathrm{Li}}Z_{\mathrm{Li}}c_{\mathrm{Li}}Z_{\mathrm{Li}}}{\langle Z \rangle^{2}}G_{\mathrm{LiLi}}(r) + \frac{2c_{\mathrm{Li}}Z_{\mathrm{Li}}c_{\mathrm{S}}Z_{\mathrm{S}}}{\langle Z \rangle^{2}}G_{\mathrm{LiS}}(r) + \frac{c_{\mathrm{S}}Z_{\mathrm{S}}c_{\mathrm{S}}Z_{\mathrm{S}}}{\langle Z \rangle^{2}}G_{\mathrm{SS}}(r) \nonumber \end{equation} \begin{equation} \langle Z \rangle = \sum_{i}^{n}c_iZ_i \nonumber \end{equation}

表にLi₂Sの部分相関のFaber-Ziman型構造因子の係数をまとめました。
Li-Liは全体の7%程度しか含まれていないので、実際の$G(r)$でLi-Li相関のみのピークを観測することは難しそうだということが分かります。

 

表 $\mathrm{Li_{2}S}$の$G(r)$におけるFaber-Ziman係数

相関 Li-Li Li-S S-S
係数 % 7.44 39.67 52.89

 

最後に、Faber-Ziman型構造因子およびPDFの一般形を載せておきます。

$S(Q)$の場合、

\begin{equation} S(Q)=\sum_{i, j\ge i}(2-\delta_{ij})\frac{c_{i}f_{i}c_{j}f_{j}}{\langle f \rangle} S_{ij}(Q) \nonumber \end{equation}

$G(r)$の場合、

\begin{equation} G(r)=\sum_{i, j\ge i}(2-\delta_{ij})\frac{c_{i}Z_{i}c_{j}Z_{j}}{\langle Z \rangle} G_{ij}(r) \nonumber \end{equation}

$\delta_{ij}$ はクロネッカーのデルタです。したがって同種原子の相関は $(c_{i}f_{i}c_{j}f_{j})/\langle f \rangle$ となり、異種原子間は $(2c_{i}f_{i}c_{j}f_{j})/\langle f \rangle$ となります。

 

参考文献:

 [1] T. E. Faber and J. M. Ziman, Phil. Mag., 11(1965), 153-173. (https://doi.org/10.1080/14786436508211931)

 

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