X線回折装置による鉄鋼材料の 定性・定量分析と残留応力解析

アプリケーションノート XRD1008

Co管球による鉄鋼材料の定性・定量分析と残留応力解析

はじめに

鉄鋼材料のX線回折による残留応力測定は、Cr Kα波長を用いてα-Fe 211反射で行うことが一般的になっています。残留応力測定はできるだけ2θ高角度側の強い回折線を使った方が解析値の精度が高いため、高角度(2θ : 156 ̊ )かつ第2強線であるα-Fe 211は、鉄鋼材料の残留応力を測定する上で適切な回折線であると言えます。しかし、X線回折における残留応力測定以外の分析、例えば微量含有相の定性分析・定量分析に関しては、長波長のCr波長を用いると空気による強度減衰が大きい上に、回折線密度が疎であるために広範囲のプロファイルのデータ取得が必要となり測定に時間が掛かってしまいます。ここでは、Co Kα波長を用いて、鉄鋼材料の定性・定量分析、および、粗大粒を有する電磁鋼鈑のα-Fe 310 (2θ : 161°)を用いた残留応力測定を行い、Cr波長と比較しながら、鉄鋼材料の分析ツールとしてのCo波長の有用性を評価しました。

測定・解析例

測定は封入管タイプのSmartLab薄膜仕様の装置を用いました。鉄鋼材料のCo波長での定性分析結果と残留オーステナイト定量結果を図1に示します。管球をライン取り出しの方向にセットし、多層膜ミラーによる単色化を行って連続X線とKβ線を除去した光学系で測定しました。これにより、Kβフィルター法よりもバックグラウンドを下げることができます。スキャンを行いながら回折像を取得する2Dスキャンモードで測定を行ったところ、残留オーステナイト相の体積分率は3%と定量されました。Cr波長を用いて1Dもしくは2Dスキャン測定を行うと、測定範囲の関係で取得できるのはγ-Fe 220までのピークに限られます。Co波長を用いると同じ指数の回折線の2θ位置がCr波長よりも低角に観測されるため、α-Fe 220まで取得することが可能となります。従って、定性・定量分析に関しては、測定2θ範囲と空気による強度減衰の関係でCo波長の方が質の高いデータを得ることができます。

残留応力評価を行う際は、応力集中部周辺を測定するため、点状にX線を絞るポイント光学系が一般的です。微小部光学系になるため、0Dモードによる測定は効率が悪く、1Dもしくは2Dモードによる露光測定が推奨されます。管球をポイント取り出しの方向にセットし、コリメーターでX線を絞り、2D露光モードで測定する光学系を図2に示します。SmartLabにおいて、2次元検出器中心位置での2θ測角範囲は160 ̊ までですが、2D露光測定ではカメラ長に応じた2θ一定範囲を同時に測定できるため、Co波長でα-Fe 310 (2θ : 161 ̊ )の回折像が取得可能になります。図3に、鉄粉末に対してCo波長で測定したα-Fe 310とCr波長で測定したα-Fe 211の2次元回折像、および、おのおのの1次元変換プロファイルを示します。露光時間はおのおの1分です。粉末データベースによる同波長でのα-Fe 310とα-Fe 211の強度比はおよそ1:2ですが、波長間での空気による減衰の違いにより、両者のピーク強度は同程度に観測されました。

図4に、平均粒径 約50 μmの粗大粒を有する電磁鋼鈑のCo波長によるα-Fe 310回折像、および、Cr波長によるα-Fe 211回折像を示します。コリメーター径φ0.8 mmを用いて、カメラ長200 mmで測定しました。露光時間はおのおの2分です。両波長による測定で、試料上の同じ箇所を照射しています。試料表面からのX線侵入深さはCo波長が10-14 μm、Cr波長が5-7 μmであるため、回折に寄与するX線照射体積はCo波長の方が大きくなります。また、より高角度のα-Fe 310の方がデバイリングの

定性分析結果と残留オーステナイト定量結果

図1 Co波長による鉄鋼材料の2次元回折像、定性分析結果と残留オーステナイト定量結果

ポイント線源・コリメーター・2D露光測定による残留応力測定光学系

図2 ポイント線源・コリメーター・2D露光測定による残留応力測定光学系

α-Fe粉末の1次元プロファイル

図3 α-Fe粉末の(a) Co波長 α-Fe 310
     (b) Cr波長 α-Fe 211の1次元プロファイル
電磁鋼鈑の2次元回折像
図4 電磁鋼板の(a) Co波長 α-Fe 310
     (b) Cr波長 α-Fe 211の2次元回折像
残留応力解析におけるデバイリングの変換範囲

図5 残留応力解析におけるデバイリングの変換範囲

周方向(β方向)に沿って広く観測されるため、α-Fe 211よりも多くの回折情報を取得することができます。

粗大粒を有する試料を2D露光測定する場合、揺動無しではKα1とKα2の強度比が理論的な2:1にならず、また、ピーク位置もばらつく傾向にあります。一方、X線進行方向に沿ったω方向に揺動を掛けると、回折に寄与する格子面数が増えることでプロファイル形状は滑らかに観測され、ピーク位値の決定精度が向上します。加えて、Co波長ではより2θ高角度側に観測されるためにKα1線とKα2線のピーク位置が離れており、Kα2除去処理を行わずにKα1の回折像のみを1次元プロファイルに変換することが容易になります(図3, 4参照)。残留応力解析を行う際の変換範囲を図5に示します。デバイリング周方向の各位置ではψ角とφ角が異なっているため、デバイリングを分割して(今回は5分割)複数の1次元プロファイルに変換することにより、0Dスキャン測定に比べてより多くのψ角とφ角の情報を効率的に取得することができます。

図6に、Co波長とCr波長による電磁鋼鈑の残留応力解析結果を示します。測定時のψ角は10点とし、短冊状試料の短手方向(φ: 0°)と長手方向(φ: 90°)に沿って側傾法による測定を行い、sin2ψ法により解析しました。2次元画像1枚当たりデバイリングを5分割しているため、sin2ψ線図上のプロットは合計50点になります。ψ点数を増やすことにより、統計的な不確かさを抑えた数値処理が可能になります。測定結果としては、Co, Cr波長ともに、φ: 0°方向に比べてφ: 90°方向に沿って引張残留応力がわずかに大きく観測されました。これは、圧延加工処理の影響による残留応力状態の異方性であると考えられます。

以上に示す通り、鉄鋼材料に対してCo管球を用いることにより、定性・定量分析から残留応力解析までを1つの波長で効果的に行うことができます。

電磁鋼鈑のsin2ψ線図と残留応力解析結果

図6 電磁鋼鈑のsin2ψ線図と残留応力解析結果 (a) Co波長 α-Fe 310, (b) Cr波長 α-Fe 211

*アプリケーションノートに記載されている測定・解析結果は、株式会社リガクによるテスト結果であり、他の環境下で常に同様の結果となることを保証するものではありません。

*アプリケーションノート中の社名、製品名は各社の商標および登録商標です。

*このアプリケーションノートに掲載されている製品は、外国為替および外国貿易法の安全保障輸出管理の規制品に該当する場合がありますので、輸出する場合、または日本国外に持ち出す際は、日本国政府への輸出許可申請等、必要な手続きをお取りください。

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