アプリケーションノート B-SCX1027
はじめに
ニトロソアミン原薬関連不純物(NDSRIs)は発がん性が懸念されており、医薬品開発において適切なリスク評価が求められています。そのリスク評価のための分析法の確立には、原薬から生成しうるNDSRIsを特定し、標準試料を準備する必要があります。しかし、ニトロソ基は¹H核や¹³C核を含まないため、核磁気共鳴分光法(NMR)のみでその導入位置を特定することは容易ではありません。電子回折構造解析(3D ED/MicroED)は、サブマイクロメートルサイズの微結晶から分子構造を決定できる手法であり、少量の試料からニトロソ基の導入位置を直接決定できます。本アプリノートでは、3D ED/MicroEDを用いてNDSRIsの分子構造を迅速に同定した事例を紹介します。※1
測定・解析例
パルボシクリブ(商品名:イブランス)原薬を1.5当量のNaNO₂で処理したところ、ニトロソ化体1が90%の収率で得られました(図1)。得られた化合物を単離・精製した後、乾固した粉末試料について電子回折装置 XtaLAB Synergy-ED を用いた3D ED/MicroED測定を実施しました。 取得した回折データから結晶構造解析を行った結果、本化合物はピペラジン環末端の窒素がニトロソ化された構造であることが明らかになりました(図2)。パルボシクリブには、図1に示すようにニトロソ化を受けうる第二級アミン部位が2か所(A、B)存在しますが、本解析により、位置Bの窒素原子が選択的にニトロソ化されていることがわかりました。
図1 パルボシクリブのニトロソ化反応
図2 ニトロソ化体1の3D ED/MicroEDによる構造解析結果
さらに生成物中の残存成分を精製したところ、別のニトロソ化体2が5.5%の収率で得られました。この化合物についても3D ED/MicroEDによる構造解析を実施した結果、ニトロソ化体1がさらにニトロ化された予想外の生成物であることが明らかになりました(図3)。
本化合物の2次元NMR解析では、第二級アミンA上の¹H核と周辺の¹³C核との間にHMBC※2相関が観測されませんでした。そのため、NMRのみではAまたはBのいずれの窒素原子がニトロソ化されているかを特定することが困難でした。これに対し、3D ED/MicroEDでは分子構造を直接決定できるため、ニトロソ基の導入位置を明確に特定することができました。
本研究で得られたニトロソ化体 1 および 2 は、パルボシクリブ由来のNDSRIsの標準物質候補として活用できると考えられます。両化合物とも、3D ED/MicroEDによる回折データの取得はわずか2分で完了し、ニトロソ基の導入位置を迅速に決定することができました。これらの結果は、3D ED/MicroEDがNDSRIsの構造同定および標準物質開発を効率的に支援する有用な手法であることを示しています。
図3 ニトロソ化体2の3D ED/MicroEDによる構造解析結果
本アプリノートでは、3D ED/MicroEDを用いて、複数のニトロソ化可能部位を有する医薬品原薬に由来するNDSRIsの構造解析を行い、ニトロソ基の導入位置を迅速かつ明確に決定できることを示しました。NMRのみでは判別が困難な位置異性体についても直接構造決定が可能であり、構造が明確なNDSRIs標準試料の調製や構造確認に有用です。本手法は、医薬品開発におけるNDSRIsのリスク評価の効率化と信頼性向上に貢献します。
※1:本研究は、スペラファーマ株式会社様との共同によるものです。(1)
※2:異種核間遠隔シフト相関(HMBC):特定の水素原子から2結合もしくは3結合を介した炭素原子を特定する2次元NMRの手法で、有機化合物の骨格構造の推定に用いられます。
参考文献
推奨装置・ソフトウェア
- 電子回折統合プラットフォーム XtaLAB Synergy-ED
- 単結晶構造解析 統合プラットフォーム CrysAlisPro