粉末X線回折法による高分子の評価
要約
粉末X線回折法による高分子材料の評価は、広角領域と小角領域の解析に大別されます。広角領域の解析では、数度から数十度(2θ )の角度範囲に得られるデータを取り扱い、結晶構造の決定や結晶相の同定、結晶性や結晶の配向性などを評価します(図1)。一方、小角領域の解析では、数度(2θ )以下の角度範囲に得られるデータを取り扱い、高分子材料に特有の結晶・非晶質の繰返し周期である、たとえばラメラ構造の周期や、その配向性を評価します。観測される干渉性散乱*1が非常に小さな角度に生じるのは、ラメラ構造の周期が数 nmから数十 nmであるためです。高分子材料では、広角領域と小角領域を合わせて評価しなければならない部分が、無機材料の評価とは異なります。
粉末X線回折測定から得られる情報と評価される情報を表1にまとめました。
図1. 広角領域の解析からわかること(高分子)
表1. 粉末X線回折測定から得られる情報と評価される情報(高分子)
原理1 分子の集合状態の差異による広角X線回折プロファイルの違い
分子の集合状態の差異による広角X線回折プロファイルの違いを図2に示します。結晶性が高く、単位格子の繰り返しが長距離まで規則的な理想結晶の回折プロファイルは、ピークが鋭く、高次(高い散乱角の部分)まで観測されます(図2(a))。規則性は持っていても、結晶性が低い(結晶子サイズが小さい)試料では、ピークが幅広になります(図2(b))。繰り返し単位は多くても、周期性が乱れている場合(高分子では、特にパラクリスタルと呼ぶ場合がある)、散乱角が大きくなるにつれて、ピークが幅広になります(図2(c))。非晶質や液体のように極めて短距離のみに秩序性を残し、長距離秩序性が無いと、ハローと呼ばれる極端に幅広で強度の低い回折プロファイルになります図2(d)。高分子材料は、大別すると、上記の4種類に分類されますが、実在の試料ではこれらが混在している場合が少なくありません。
(a) 結晶質
(b) 結晶子サイズが小さい結晶質
(c) パラクリスタル
(d) 非晶質
図2. 高分子の集合状態の差異による広角X線回折図形の違い
原理2 ラメラ構造の繰り返し周期による回折と結晶形の同定
結晶のように原子や分子が規則正しく並んでいる場合や、高分子材料のラメラ構造のように結晶部分、非晶部分が繰り返し並んでいるような場合には、入射したX線は、次のBraggの式に従って回折されます。
2d ・sinθ = nλ
λ : 測定に使用したX線の波長(Å)
θ : 観測される干渉性散乱(回折線)の散乱角
d : 繰り返し周期(結晶構造の場合は格子面間隔、ラメラ構造の場合は結晶部分、非晶部分の繰り返し周期)
結晶性高分子または、その結晶多形の存在が既知の場合、このd値と強度比がデータベース、もしくは文献に記されていることがあり(標準的なX線回折プロファイル)、実測のX線回折プロファイルと、各結晶形の標準的なX線回折プロファイルとを比較することで、結晶形を同定することできます。
分析結果
結晶性高分子の結晶形を同定した例として、ポリプロピレン(PP)の解析例を示します。PPはα相(α1相、α2相)、β相、γ 相、メゾ相をとることが知られており、これらの結晶形態は製品の硬さと関係があると言われています。
図3はPPのフィルムから得られたX線回折プロファイル(上段)と、ポリプロピレンのα 、β 、γ 型の標準的なX線回折プロファイル(下3段)との比較結果です。上段と下段でピークの位置(回折角度)と強度比を比較すると、測定データは「α 型」の標準的な回折パターンとよく一致しており、この材料の結晶形は「α 型」であることがわかります。実測のX線回折プロファイルの強度比が標準的なX線回折プロファイルと異なるのは、試料が選択配向*2の影響を受けているためです。さらに、データベースの情報を元に、実測の回折ピークに面指数を割り当てることで、後に行う結晶子サイズや配向性の評価で、特定方位の結晶面についての議論ができるようになります。
なお、材料に添加剤が含まれる場合は、添加剤のピークが混在するため、上記の手順の後に、残存する未同定のピークについて解析することで、添加剤を同定することができます。
図3 PPの定性分析結果
原理3 結晶子サイズの評価
結晶を構成する微結晶(結晶子)が約100 nm以下に小さくなると、サイズ効果と呼ばれる回折線の幅の拡がりが観測され、結晶子が小さくなるほど回折線が拡がります。この現象を利用すると、回折線の拡がりから結晶子サイズを算出することが可能であり、高分子材料の結晶性評価を行うことが可能です。結晶子サイズの算出にはいくつかの方法がありますが、ここではSherrerの式を用いて結晶子サイズを算出する方法をご紹介します。この方法では次式により、結晶子サイズDhklが計算されます。
χc : 結晶化度(%)
ιc : 物質の結晶質部分による散乱強度
ιa : 物質の非晶質部分による散乱強度
分析結果
図5に、ポリエチレン(PE)の回折パターンと、結晶化度解析の結果を示します。同定の結果から、PEの結晶性ピークの帰属を確認後、結晶質に由来する回折線(青い網掛け部分)と、非晶質に由来するハロー(赤い網掛け部分)とに分離し、積分強度比から結晶化度を算出しました。
図5 PEの結晶化度
原理5 格子の乱れの評価
結晶性高分子は、分子軸方向の炭素結合を除けば、ファンデルワールス力や、水素結合などの弱い結合から成る結晶です。また、軽元素で構成されているため、熱振動が大きく、格子の乱れが発生しやすい材料と言えます。格子の乱れの模式図を、図6に示します。
図6 格子の乱れのタイプと得られる粉末X線回折プロファイルの模式図
(上段の枠は本来の格子点の位置、丸印は原子・分子の位置を表します)
分析結果
図7に、熱履歴の異なる A、B、2種類のPEの粉末X線回折プロファイルを示します。密度を測定すると、Bの方が低い密度であることがわかりました。粉末X線回折プロファイルを比較すると、Aと比較してBの試料の方が、非晶質の存在を示すハローが大きくなっており、解析の結果得られた結晶化度はそれぞれ 44.8% と64.2%でした。しかし、結晶化度では説明できない程、密度の差が大きかったことから、格子の乱れの程度を表すパラメーターkを解析したところ、図に示す様に、値に差があることがわかりました。実際、詳細にプロファイルを観測すると、高角度になるほど、Bの方が ピークの幅が拡がっていることがわかります。
図7. 密度の異なるPEの結晶化度と格子の乱れ
なお、粉末X線回折法による結晶化度算出ではパラクリスタル(周期の乱れが大きい結晶)100%からなる場合、その結晶化度は100%と算出されますが、他の手法ではそれ以下になります。したがって、他の手法、例えば、密度法、赤外吸収スペクトル法、核磁気共鳴による方法などと結晶化度を比較する場合は、手法によって結晶の定義が異なるので、注意する必要があります。
原理7 測定する方向と観測される結晶面
一般的な粉末X線回折装置では、成形された試料の表面に対して、入射X線と検出器が対称に走査されます(対称配置での2θ /θ 測定)。このときに観測されるのは、成形された試料の表面に対して平行に並ぶ結晶面からの情報です(図8)。このため、粉末X線回折法でさまざまな結晶面からの情報を得るには、試料に含まれる結晶が微細で、それぞれの結晶の方位が一様でないことが必要です。
一般的な粉末X線回折装置では、成形された試料の表面に対して、入射X線と検出器が対称に走査されます(対称配置での2θ /θ測定)。このときに観測されるのは、成形された試料の表面に対して平行に並ぶ結晶面からの情報です(図8)。このため、粉末X線回折法でさまざまな結晶面からの情報を得るには、試料に含まれる結晶が微細で、それぞれの結晶の方位が一様でないことが必要です。
図8 X線回折に寄与する結晶面
(結晶面の間隔が大きいものから低角度で回折を起こす)
図9 繊維状試料の配置と、回折に寄与する結晶面の向き
一方、繊維状、あるいはフィルム状に加工した高分子材料は、延伸方向に沿って分子軸が並びます。したがって、このような材料を測定すると、特定方向の結晶による回折ピークが大きく観察されることになります(選択配向)。この特性を利用して、走査軸に対する試料の配置を変えて測定を行うことで、材料に対する分子軸の方向を調べることができます。この場合、反射法と合わせて、透過法が用いられます図9には、繊維状試料の配置と、回折に寄与する結晶面の向きを、図10には、フィルム状試料の配置と、回折に寄与する結晶面の向きを示しました。
図10 フィルム状試料の配置と、回折に寄与する結晶面の向き
また、上記測定法のほかに2次元検出器を固定してX線回折像を撮影する方法があり、これを用いると粒子や配向の状態を視覚的に把握することができるというメリットがあります。しかしこの場合には、走査が行われないため、入射X線と試料の配置が固定されます。このため、回折に寄与する結晶面はフィルムに平行になるとは限らず、ピークが得られる角度によって、材料と結晶面のなす角度が異なることに注意が必要です(図11、非対称配置での2q 測定)
図11 フィルム状試料に対する対称測定と非対称測定
分析結果
図12には、反射配置と透過配置(MDが回折ベクトルと平行になる配置)で対称測定した、ポリエチレンテレフタラート(PET)の一軸延伸フィルムの粉末X線回折プロファイルを示します。また、データベースに収録されているPETのd-Iリストから、回折線が観測された結晶面の指数を示します。測定方向によって、回折線が観測された結晶面が異なることがわかります。
図12 2方向から測定したPET繊維フィルムの粉末X線回折プロファイル
図13に、PETの単位格子に対する分子の配置と各結晶面の関係を示します。(010)面は分子軸と平行な面、(-105)面は分子軸と垂直な面です。反射配置のとき分子軸と平行な面による回折ピークが高強度で観測され、透過配置のとき分子軸と垂直な面による回折ピークが高強度で観測されていることから、この試料では分子軸がMDに沿って並んでいることがわかります。
図13 PETの分子と各結晶面の関係
原理6 配向度の評価
試料を構成する結晶粒の方位の偏り(配向性)は、機械的な変形と関係があります。試料間での配向性の度合いを数値化して比較する指標として、配向度があります。まず、配向度を算出したい特定の結晶面を選び、これが回折する角度に2θ 固定します。さらに試料を360°回転させながら強度データを測定することで、試料に対する配向の程度を調べることができ、次式により、配向度Aが計算されます。
A : 配向度(%)
Wi: 強度測定の結果得られたピークの半値全幅
図14には配向度測定の概念図を、図15には配向度の解析方法を示します。2次元検出器を利用して、同様の測定を行うこともできます。
図14. 配向度測定の概念図
図15. 配向度の解析方法
分析結果
図16には、一軸延伸したα-PPフィルムの2次元X線回折画像と、(040) 面の回折線の強度分布、そこから算出した配向度を示します。2次元X線回折画像上に示した緑色のリングはb 対強度の変換範囲を表します。
図16. α-ポリプロピレンのフィルムの2次元X線回折画像と配向度
原理7 小角X線回折プロファイルによる長周期構造の評価
小角領域と呼ばれる2q = 数度の領域には、結晶性高分子中に存在する結晶-非結晶の電子密度差に由来する干渉性散乱(いわゆる長周期像)が観測されます。この大きさは数から数十 nm程度に相当します。測定データに現れるピークは、その方向に回折されたX線が試料の周期性のために干渉した結果であり、ブラッグの回折現象と変わりません。したがって、d値を算出すれば、その周期性を知ることができます。たとえば、図17のような高分子のラメラ構造について、結晶部と結晶部の周期を知ることができます。このラメラの厚みは、結晶化度と相関があり、異方性は結晶配向に相関があります。
図17 高分子のラメラ構造と周期
分析結果
図18には、赤道線方向と、子午線方向で測定したPE繊維の小角領域のX線回折プロファイルを示しました。繊維の子午線方向を測定したときに、2q = 0.35°(CuKa線で、約25 nmに相当)にピークが得られたことから、ラメラ構造の周期は約25 nmで、周期は繊維と垂直に並んでいることがわかりました。
図17 2方向から測定したPE繊維の小角X線回折プロファイル
注
*1干渉性散乱…物質によってX線が弾性散乱されるとき、入射X線と散乱X線の波長が等しいので、散乱波どうしは互いに干渉する。位相が揃えば回折条件を満たし、回折ピークを与える。
*2選択配向・・・結晶の中の特定の結晶面の向きが揃ってしまうこと。
参考文献
(1) 桜田一郎, 浜田文将, 梶慶輔: 高分子のX線回折(上) (化学同人, 1973) pp. 126-131.
(2) 桜田一郎, 浜田文将, 梶慶輔: 高分子のX線回折(下) (化学同人, 1973) pp. 391-394.