多データ高速処理と2次元検出器を用いた 生クリームの融解・結晶化過程の観察
はじめに
環境に応じて敏感に変化する材料の結晶構造を調べるには、測定雰囲気を精密に制御しながら、迅速かつ正確に回折データを測定する必要があります。温度、湿度、不活性ガスなどさまざまな測定雰囲気中で回折データ測定を可能にするアタッチメントと2次元検出器を組み合わせると、雰囲気変化による回折パターンの変化を視覚的に捉えることが可能となります。さらに、SmartLab Studio II の Data Visualization プラグインを用いると、大量の2次元画像データを迅速に2θと強度に変換し、雰囲気や経時的な回折ピーク位置・格子面間隔・積分強度・結晶子サイズなどの変化を一括してグラフに表示することが可能です。ここでは、X-ray DSCとHyPix-3000を用いて、温度変化に敏感な植物性生クリームの構造変化を観察し、Data Visualization プラグインで処理した例を紹介いたします。
測定・解析例
生クリームは本来牛乳の乳脂肪分を濃縮した食品ですが、最近では、ホイップクリームの白さやさっぱり感、価格や日持ちの良さなどの点から、植物性生クリームがよく利用されています。植物性生クリームはトウモロコシ、大豆、ココナッツ由来の脂肪に乳化剤などを添加し加工したものです。植物性生クリームの味や舌ざわりが、その主成分である脂肪の結晶構造と関係していることが報告されたため、長軸方向のラメラ構造の配列様式と、副格子をなす分子構造の安定性と温度との関係を調べる研究が盛んになってきています。ここでは、X-ray DSCを用いて市販の植物性生クリームの結晶構造の温度変化を調べました。氷点下に冷却した生クリームを 2 ˚C /min の昇温率で加熱(冷却)し、2次元検出器を長手が2q方向になるよう設置し、露光時間60秒にて測定を行いました。測定開始時の2次元回折像(図1-A)には、乳脂肪結晶のラメラ構造と副格子構造、乳化剤や色素などの添加剤からの回折像が観測されました。加熱すると、DSC曲線には2つの吸熱ピークが観測され、57枚の2次元回折像から変換した強度プロファイルでは副格子構造とラメラ構造が融解している様子が確認されました(図2)。Data Visualization プラグインのプロファイル一括処理機能を用いて結晶構造の転移温度を調べた結果、β型と予想される副格子構造は、加熱時には21 ˚C付近(図3(c))、2Lと予想されるラメラ構造は29 ˚C付近で融解し、冷却時にはそれぞれ15 ˚C、26 ˚C付近で結晶化していることが明らかとなりました。特に、副格子構造のd値は加熱冷却による変化は見られないものの(図3(c))、ラメラ構造は加熱冷却後にd値が短くなり(図3(a))、積分強度も増加(図3(b))していることがわかりました。実生活を想定すると、夏に冷蔵保存された生クリーム製品を購入し、帰宅後再び冷蔵庫に保管した時の味や舌ざわりに、ラメラ構造の変化が影響する可能性を示唆しています。以上のように、Data Visualization プラグインを用いると、数十から数百におよぶ回折データを一括処理した統合的な結果として可視化できるため、環境に応じて敏感に変化する材料の微妙な結晶構造の変化を見逃すことなく確実に捉えることが可能となります。
図1 生クリームの2次元回折像
図2 回折強度の経時変化と熱変化
図3 ラメラ構造のd値(a)と積分強度(b)、副格子構造のd値(c)の温度変化
推奨装置・ソフトウェア
- 全自動多目的X線回折装置 SmartLab + 微小部測定光学系ユニット CBO-f + X-ray DSC
+ ハイブリッド型多次元ピクセル検出器 HyPix-3000 - X線分析統合ソフトウェア SmartLab Studio II (Data Visualizationプラグイン)