アプリケーションノート B-SCX1024
はじめに
従来、微生物による農薬の代謝産物の構造決定には、多くの時間とコストを要していました。比較的大規模な分解試験で得られた代謝産物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で単離・精製し、数mg以上の試料を用いて核磁気共鳴分光(NMR)や質量分析(MS)により推定構造を導いた後、さらに候補化合物を合成して照合する必要がありました。一方、単結晶X線構造解析を用いることで、1 mg未満の精製試料からでも分子構造を直接かつ高い信頼性で決定することが可能です。本アプリノートでは、HPLCで単離・精製した農薬代謝産物を直接結晶化し、単結晶X線構造解析によって構造を決定することで、小規模な分解試験から迅速に代謝産物の分子構造を明らかにした事例を紹介します。※1
測定・解析例
ペンタクロロフェノール(PCP)0.2 mgを、キュウリから単離した新規分解菌PCP15株とともに30 mLの培地で培養し、28 ℃で24時間振とうして分解試験を行いました。反応後の試料をHPLCにより分離・精製し、単一の代謝産物を約50 μg含む画分を回収しました。この画分を自然濃縮することで、約20 μmの大きさの微小結晶を得ました。得られた結晶を単結晶X線回折装置XtaLAB SynergyCustom(X線源 FR-X(波長:Cu Kα)、検出器 HyPix-Arc 150°)にマウントし、100 Kで回折データを収集しました。測定と並行した自動構造解析の結果、ペンタクロロフェノールにリン酸基が結合した新規代謝産物の分子構造を10分以内に決定することができました(図1(a))。
本代謝産物については、事前のMS分析の段階で、リン酸抱合体に加えて硫酸抱合体も候補構造として挙げられていました(図1(b))。しかし、これらの化合物はいずれも¹H核を持たないためNMRによる構造解析が困難であり、さらにリン酸基(PO₄H−)と硫酸基(SO₄−)の質量差はわずか0.0095 Daであることから、高分解能MSを用いても両者を明確に識別することは容易ではありません。
一方、単結晶X線構造解析では原子配置や結合距離を直接観測できるため、リン酸基と硫酸基を明確に区別し、高い信頼性で分子構造を決定することが可能です。今回、わずか0.2 mg規模の分解試験から単離した約50 μgの微量代謝産物について、得られた微小結晶の単結晶X線構造解析により、短時間かつ自動的に構造決定を行うことができました。その結果、ペンタクロロフェノールの微生物代謝経路の解明において重要な中間代謝産物の構造を明らかにすることができました。また、単結晶X線構造解析が農薬代謝産物や未知微量生成物の同定に有効な手法であることが示されました。
図1 (a) ペンタクロロフェノール分解代謝産物の単結晶X線構造解析結果
(b) 2つの候補構造の精密質量と結合長の比較
同様の手法を用いて、現在広く使用されているネオニコチノイド系殺虫剤であるイミダクロプリド(IMD)の微生物代謝産物の構造解析を行いました。その結果、わずか2 mgスケールの分解試験から得られた微量代謝産物について、イミダクロプリドのニトロイミン構造を保持した新規代謝産物の分子構造を決定することができました(図2(a))。ニトロイミン部位は¹H核および¹³C核を含まないため、NMRによる直接的な構造解析が困難です。このため、NMRのみでニトロイミン構造の保持や変換の有無を明確に判断することは容易ではありません。一方、単結晶X線構造解析では原子配置や結合長を直接決定できるため、ニトロイミン構造の有無を含めた分子構造を高い信頼性で決定することができました(図2(b))。この結果から、イミダクロプリドの分解は、図2(c)に示したC-N結合の開裂に始まる反応経路によるものと推測されます。
図2 (a) イミダクロプリド分解代謝産物の単結晶X線構造解析結果
(b) ニトロイミン構造の結晶構造中の結合長と典型的な結合長の比較
(c) イミダクロプリドの推定分解経路
本アプリノートでは、0.1~10 mg程度の小規模な微生物分解試験から得られた農薬代謝産物について、単結晶X線構造解析を用いることで迅速な構造決定が可能であることを示しました。本手法は、従来のNMRやMSを中心とした構造解析では多量の試料調製や有機合成実験が必要となる場合でも、微量試料から直接分子構造を決定できる点が大きな特長です。そのため、農薬代謝産物や未知変換生成物の構造決定に要する時間およびコストの大幅な削減が期待されます。また、分解実験に必要な農薬原体の使用量を低減できることから、研究者の曝露リスクの低減や実験室における安全性の向上にも貢献すると考えられます。
※1: 本研究は、農業・食品産業技術総合研究機構・髙木和広先生、岡山大学・清田洋正先生、アステリズム合同会社・榊原風太博士との共同によるものです。(1)
参考文献
推奨装置・ソフトウェア
- 単結晶X線構造解析装置 XtaLAB Synergyシリーズ
- 単結晶構造解析 統合プラットフォーム CrysAlisPro