NEX CG IIによる下水汚泥の分析
はじめに
我が国の下水道事業では1年あたり約7,760万トンの汚泥(下水汚泥)が発生しており、このうち乾燥重量ベースで約75%が再生利用されています。主な用途としては、バイオマスとしての下水汚泥の性質に着目した肥料としての緑農地利用、セメント原料や乾燥煉瓦、ブロック等の建設資材、固形燃料としての利用等が挙げられます(参考:”つながる ひろがる” 環境情報メディア環境展望台https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=75)。このような資源活用を適切に行い、環境負荷を低減させるためには、汚泥中に含まれる特定有害物質の量を正確に分析することが重要です。
エネルギー分散型蛍光X線分析(EDX)装置NEX CG II(ネックスシージーツー)では2次ターゲットを用いた偏光光学系を採用し、高PB 比での高感度分析を実現しました。これにより、ppmレベルの鉛(Pb)、カドミウム(Cd)といった有害金属を高い精度で検出・定量することができます。また、スタンダードレスFP(ファンダメンタル・パラメータ)法を利用したRPF-SQX(Rigaku Profile Fitting -Spectra Quant X)プログラムに搭載している散乱線FP法では、蛍光X線で分析することが難しい有機物成分の影響を自動で補正できるため、主成分組成を正確に知ることが難しい汚泥試料でも正確な定量分析を行うことができます。
試料処理
測定試料としてNIST SRM 2781(生活下水汚泥)及びNIST SRM 2782(産業汚泥)を用いました。汚泥試料の分析では迅速さが求められるため、加圧成型等を行わず粉末のまま測定を行います。
試料を“真空”で測定する場合はChemplex社製試料セルCH1530を用います。分析窓としてChemplex 社製4 µm厚プロレンフィルムを使用した試料セルに3 g試料を充填し、真空排気時に試料が飛散しないよう、試料セルの上面をフィルタ(プランクトンネット:RS HD-10)で封じて測定を行いました。ヘリウム雰囲気で測定する場合は粉末の飛散はないため、試料セルCH 1330を使用しフィルタ無しでの測定が可能です。
装置及び測定条件
NEX CG IIでの測定条件を表1 に示します。分析対象元素の測定スペクトルに合わせて2 次ターゲットを自動選択し、測定を行うシステムを採用しています。各測定元素範囲において最適な励起X線を用いて広い元素範囲で高感度に分析できることが、2次ターゲット方式の大きな特長です。
表1 NEX CG IIの測定条件
定性スペクトル
図1にNIST SRM 2781(生活下水汚泥)の各2次ターゲットによる測定スペクトルを示します。2次ターゲットを用いた偏光光学系により、全元素領域にわたりPB比の良いスペクトルがえられています。
特に図1(f)には塩素(Cl)の定性スペクトルをブランク試料(二酸化ケイ素SiO2)と比較して示しています。励起源としてRX9ターゲットを用いて、X線管から発生するPd Lα線(2.838 keV)を分光して単色励起しています。分析線のCl Kα線(2.622 keV) が重ならないことから、不純線のないCl分析が可能になります。また、Cl K吸収端のエネルギーが2.819 keVであり、Pd Lα線に最も近接しているため、Clに対し最高の励起効率で高感度な分析ができます。
図1 NIST SRM 2781(生活下水汚泥)の定性スペクトル
(a) 軽元素用 2次ターゲット、(b) RX9 2次ターゲット、(c) Cu 2次ターゲット
(d) Al 2次ターゲット、(e) Mo 2次ターゲット、
(f) 青線:RX9 2次ターゲットによるCl Kαスペクトル、赤線:ブランク(SiO2)
下水汚泥分析の課題
汚泥試料は蛍光X線を測定することができる「測定成分」(ケイ素、鉄、塩素などの無機元素)と、蛍光X線を検出できない「非測定成分」(有機物成分が主)の両方を含んでいます。図2に、試料を構成する元素の模式図を示します。
図2 試料の構成元素の模式図
このような試料をFP法で分析する場合、「非測定成分」の元素構成を分析者が指定することが一般的です。例えば、ポリプロピレン(PP)系の試料なら”CH2”、セルロース系の試料なら”C6H10O5”を指定し、FP法での解析を行います。これを「バランス成分」と呼び、指定したバランス成分と実際の非測定成分が異なる場合、分析値に誤差が生じます。しかしながら、汚泥試料の場合、非測定成分の元素構成を正確に把握することは非常に困難なため、正確な定量分析の障害となります。
散乱線FP法による定量計算
散乱線FP法では、分析元素の蛍光X線の他に、試料で散乱した1次X線(散乱線)を利用して分析を行います。散乱X線強度は蛍光X線と同様に非測定成分の影響を受けるため、これを利用してバランス成分を指定することなく定量元素への影響を補正することができます。即ち、散乱線FP法を用いることで、バランス成分を指定することが難しい下水汚泥試料においても、正確な分析値が得られます。
分析結果
表2に認証汚泥試料の分析結果を示します。スタンダードレスの分析であるにも関わらず、分析値は標準値と良い一致を示しています。
NIST SRM 2781(生活下水汚泥)には組成不明な有機成分が数10 mass%含まれています。一方、NIST SRM 2782(産業汚泥)はケイ素(Si)を20 mass%、鉄(Fe)を27 mass%含んでおり、酸化物粉末の組成に近いことから非測定成分は主に酸素(O)であると推測されます。このように、非測定成分の組成が異なる試料に対しても、散乱線FP法を用いることで正確な分析が可能であることが分かります。
表2 汚泥試料のスタンダードレスFP分析結果
表3に、NIST SRM 2781(生活下水汚泥)を散乱線FP法で分析した場合と通常のFP法で分析した場合の結果の比較を示します。通常のFP法では、酸素(O)をバランス成分として設定しました。
表3 散乱線FP法と酸素(O)バランスの計算結果の比較
前述の通り、生活下水汚泥には非測定成分として酸素の他に炭素(C:原子番号6)を主とする有機成分が含まれているため、非測定成分全体の原子番号(平均原子番号)はバランス成分として設定した酸素(原子番号8) より小さくなります。このような場合、通常のFP法では非測定成分によるX線の吸収を実際よりも大きく見積もるため、分析結果は実際の試料よりも高めに計算されています。一方、散乱線FP法では散乱線を用いて正しいX線の吸収を見積もることができるため、良好な分析結果が得られていることが分かります
まとめ
NEX CG IIを用いて、汚泥試料の分析例を示しました。偏光光学系による優れたPB比による測定スペクトルとスタンダートレスFP法の散乱線FP法で組成が大きく変わる汚泥試料においても正確な元素分析が可能であることを示しました。