固体医薬品の評価法① ~原薬の結晶形の種類を調べる~ (結晶多形の存在が既知の場合のアプローチ)
要約
医薬品の原薬は温度や湿度等の影響で、結晶多形*1や擬似結晶多形*2へと相転移*3することがあります。複数の結晶多形もしくは擬似結晶多形が存在する場合、それぞれの結晶多形ごとに、溶解度や体内への吸収速度が異なることから、医薬品の開発、製造においては結晶多形を区別し、定量することが必要になります。
それぞれの結晶多形や擬似結晶多形は異なる結晶構造を有することから、粉末X線回折測定(XRD)、および示差走査熱量測定(DSC)で異なるプロファイルを示します。
ここでは結晶多形の存在が既知の場合に、被検試料がどの結晶構造に帰属するかを調べる方法をご紹介します。
原理1 XRDによる結晶形の同定
結晶多形の存在が既知の場合、粉末XRD測定の結果得られた回折プロファイルと、各結晶形の標準的な回折プロファイルとを比較することで、結晶形を同定することできます。
図1 トルブタミド結晶多形原末の同定分析結果
分析結果1
固体医薬品原末の同定の例として、トルブタミド(血糖降下剤)を測定した例を示します。図1はあるロットの原末から得られた回折プロファイル(上段)と、トルブタミドのI、II、III型の標準的な回折プロファイル(下3段)との比較結果です。上段と下段でピークの位置(回折角度)と強度比を比較すると、測定データは「I型」の標準データとよく一致していることがわかり、このロットの結晶形は「I型」であることがわかります。
図中に示した数値、FOM(Figure of Merit)は測定データと標準データの一致度を表す指標で、この値が小さいほど一致度が高いことを示します。このことからも、被検試料が「I型」であることを示唆しています。
なお、原薬に不純物が含まれる場合は、不純物によるピークが混在するプロファイルを示すため、上記の手順の後に、再度、未同定のピークについて解析することで、不純物を同定することができます。
原理2 XRDによる微量の擬似結晶多形の検出
粉末XRD測定では、試料中の各成分に由来するピークの積分強度(面積)比とその重量濃度との間に相間関係があります。従って、微量成分は微小なピークとなって検出されるため、ベースライン上に観測される統計変動*4を抑え、ピークを検出することが求められます。
分析結果2
微量の擬似結晶多形の分析例として、テオフィリン(気管支拡張剤)の測定例を示します。図2はテオフィリン無水物とラクトース一水和物の混合物中に含まれる微量のテオフィリン一水和物の検出例です。添加量0.1~1wt%になるよう調製したテオフィリン一水和物が検出されていることがわかります。
図2 テオフィリン無水物、テオフィリン一水和物、ラクトース一水和物
混合物のX線回折プロファイルの比較、測定時間:約150 秒/1プロファイル
(注釈はテオフィリン一水和物の添加量をあらわす)
解析 標準的な回折プロファイルの入手法
粉末X線回折測定で結晶形を判別するためには、測定によって得られた被検試料の回折プロファイルと標準的な回折プロファイルとの比較を行う必要があります。ここでは標準的な回折プロファイルの入手方法をご紹介します。
・文献値を利用する
既知の結晶形の場合,文献にはこの結晶形が持つ原子・分子配列の周期間隔,d値(単位:Å)と強度比が記載されている場合があります。これらの値をソフトフェア上に取り込むことで、被検試料の回折プロファイルと比較することができます。また、単結晶構造解析がなされている結晶形の場合にはCrystal Information File(CIF)*5を利用することができます。
・データベースを利用する
International Centre for Diffraction Data®(ICDD) が頒布するPowder Diffraction File ;PDF-2やPDF-4/organic、また無料のデータベースをソフトウェアに取り込むことで、被検試料の回折プロファイルとデータベースの情報を直接比較することができます。特にPDF-4/organicはCambridge Crystallographic Data Centre (CCDC)とのICDDの共同研究からの成果である470,181 件の候補を収録しており(2011年12月現在)、製薬および特殊化学産業を対象とした迅速な材料識別用に設計されています。(2)
原理3 DSCによる結晶形の同定
示差走査熱量測定(DSC)は、試料を加熱または冷却した時に、試料内に発生する熱エネルギーの変化を検出する手法です。同じ物質でも結晶構造が異なる結晶形では水素結合やファンデルワールス力などの相互作用力が異なるため、エネルギー状態が異なります。結晶形に違いがある場合、融点や相転移挙動およびその温度が大きく異なることが多く、示差走査熱量測定で結晶形の違いを見分けることができます。
分析結果3
図3はトルブタミドの市販原薬と再結晶品についてのDSC曲線の比較です。測定は昇温下で行いました。標準となる市販原薬は41.7 ℃に相転移に伴う吸熱ピークを呈しましたが、エタノール溶媒からの再結晶試料では102.8 ℃に吸熱ピークが得られました。相転移温度が両者で大きく異なることから、両者は結晶構造の異なる結晶多形であることがわかります。
図3. トルブタミドのDSC曲線の比較
なお、吸熱反応が重量減少を伴う場合は脱溶媒の可能性があり、示差熱天秤(TG-DTA)で確認ができます。またX線回折-示差走査熱量同時測定(XRD-DSC)では吸熱反応の前後での回折パターンの比較も行うことができ、吸熱反応が脱溶媒に伴うものか、相転移に伴うものかの判定が容易です(1).
注
*1結晶多形…同一分子でありながら結晶中での分子の配列のしかた(結晶構造)が異なる結晶相。
*2 擬似結晶多形…同一分子以外に溶媒分子を含む溶媒和物。
*3 相転移…温度、圧力、外部磁場、成分比などの変化によって物質が異なる相に変化する現象(3)。
*4 統計変動…X線計数値が持つ統計的なゆらぎ。基本的には計数した強度 (count単位)の平方根の強度変動が観測されることから、微小ピークの検出を困難とする。
*5 CIF…結晶構造データをコンピューターで読み書きしやすいように開発されたデータファイルの形式(4)。Acta Crystallographicaに投稿される論文の電子化を実現するために、IUCrの編集委員会、Data委員会とChester Officeの編集業務担当者が協力して制定したファイル形式である。
参考文献
(1) 固体医薬品の評価法③~水和物について調べる~, リガクアプリケーションノートXRD1003.
(2) http://www.icdd.com/translation/jp/pdf4.htm
(3) 日本化学会: 第2版標準化学用語辞典, (丸善, 2005) pp. 383.
(4) 大場茂, 矢野重信: X線構造解析, (朝倉書店, 2006) pp. 152.
*アプリケーションノートに記載されている測定・解析結果は、株式会社リガクによるテスト結果であり、他の環境下で常に同様の結果となることを保証するものではありません。
*アプリケーションノート中の社名、製品名は各社の商標および登録商標です。
*このアプリケーションノートに掲載されている製品は、外国為替および外国貿易法の安全保障輸出管理の規制品に該当する場合がありますので、輸出する場合、または日本国外に持ち出す際は、日本国政府への輸出許可申請等、必要な手続きをお取りください。
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