試料観察TG-DTA による火薬の発火温度の観察
はじめに
熱分析はその結果から融点や分解温度など、多岐にわたる試料の熱挙動の情報が得られる分析手法である。しかしながら、たとえば融解はDTAで吸熱ピークとして現れるが、吸熱ピークを示す挙動は融解だけとは限らず、他の吸熱反応の可能性もあり、吸熱ピークだけでは判断できない。このため、既知の試料であれば反応の解析は可能であるが、未知試料の場合、熱分析の結果だけからの反応の解析は困難であることが多い。この問題を解決するために、近年、TG-MSやXRD-DSCにみられる様な他の分析手法と熱分析の同時測定が行われ、未知試料の反応についての解析に多く用いられてきた。
上記の装置以外に反応の解析を行う一つの方法として、単純に“反応中の試料の見た目はどのように変化するのか?”試料の形状変化や色などの観察がある。さらに、見た目の変化はMASSやXRDの様な分子レベルのミクロな情報ではなく、幅広い情報が得られ、且つ身近な情報である。
しかしながら、従来の熱分析では測定中の試料の挙動を観察することはできず、測定後、試料を取り出して“試料はどのように形状が変わったのか?”を目視することによって測定中の試料の挙動を推測するしかなかった。また、測定温度範囲に複数のピークが存在する場合、各ピーク温度ごとに測定を中止し、試料を取り出して目視を行うことが必要であったり、可逆的な変化や瞬間的な変化については測定後に目視をしても重要な情報は得られない。
このため、測定中の試料の形状変化や色などが観察できれば、TG-DTA、DSCにおけるデータの解釈に有効な情報となる。
装置
試料観察TG8122は従来のTG8122の電気炉を試料観察用電気炉ユニットに交換するだけで使用することが可能である。
試料観察用電気炉ユニットは、保護管を石英に変更し、試料上部にあたる部分の断熱材に穴をあけることで、電気炉上部に設置された観察用カメラにて試料の状態をモニタ及び録画することが可能となっている。
試料
マッチの火薬部分を4mg秤量し測定を行った。昇温速度は20℃/min、雰囲気はair 300ml/min、測定中、試料観察カメラにて1sec.毎の撮影を行った。
分析結果
TG-DTA測定結果をFig.1に示す。測定結果では230℃に12%の減量を伴う発熱ピークが見られ、300℃に急激な33%の減量とシャープな発熱ピークが観察される。
Fig.2には150℃、Fig.3には250℃、Fig.4には350℃での試料の観察像を示す。150℃の観察像では青色の火薬と中心にマッチの軸が確認される。230℃の発熱ピーク後では試料は黒く変色し、その後、300℃のシャープな発熱ピーク後の350℃でも色は黒いが、250℃とは見た目に大きな違いが確認されている。
次に、300℃付近のTG-DTA拡大プロットをFig.5に示す。また、295.2℃の試料観察像とその前後1秒の観察像をFig.6、7、8に示す。
Fig.7の295.2℃において、試料の発火が確認されている。しかしながら、その前後1秒では発火は見られていないため、瞬間的に発火現象が生じていることが分かり、今回の実験では試料の発火温度は295℃であることがわかる。
発火温度と測定結果を比較すると、DTAでは295℃は発熱ピークが立ち上がる直前の温度(外挿開始温度でも303℃と解析される)であり、従来のピーク解析温度より低温で発火現象が生じていることが分かる。この発火温度とDTAピーク温度とのずれは試料とセンサーまでの熱の伝達時間、またDTAにおけるデータの内部処理としての時定数などによる遅れと考えられる。これらの時間的遅れは非常に短時間の遅れであり、通常の測定においては反応のピーク温度に影響を及ぼさないが、今回のように反応速度が著しく速い場合(今回の発火時間は1秒以内と推測される)はデータの解析温度とは異なる結果となり、試料の観察像がより正確な温度を表わすこととなる。今回のようなケースは稀であるが、測定結果の温度の認識についても試料観察像から新たな解釈や実際の反応温度の把握に有効な手段として活用できると期待される。
Fig.1 TG-DTA測定結果
Fig.2 150.1℃での試料観察像
Fig.3 250.3℃での試料観察像
Fig.4 350.2℃での試料観察像
Fig.5 TG-DTA測定結果(拡大プロット)
Fig.6 294.8℃での試料観察像
Fig.7 295.2℃での試料観察像
Fig.8 297.4℃での試料観察像
まとめ
今回のように、測定中の試料を観察することで、試料の反応前後の観察像の比較だけではなく、反応中の観察像や一瞬の像の変化をとらえることが可能となる。また、動画で観察することで、緩やかな反応における試料形状の流動的な動きや色の変化など、多くの情報がリアルタイムで得られ、これらは熱分析測定結果からは直接得られない情報である。今後、このような新しい情報を得ることで材料の熱挙動や特徴を知るために活用できるものと期待される。