電池材料評価
合成された電池材料の素性を明らかにするためには,結晶構造解析が有効です。粉末結晶構造解析には、リートベルト法による平均構造の解析と、PDF解析による局所構造の解析が一般的に知られています。
BVSを用いた解析とPDF解析を用いた局所構造解析
1.BVSを用いた正極材LiFePO4の価数評価ならびにLi+拡散経路の推定
正極材では、充放電時のLi+の脱離/挿入に伴い、結晶構造中の遷移金属イオンが酸化/還元されます。結晶構造中の価数変化は初期や劣化後の電池容量と密接に関係するため、価数情報は重要なパラメーターとなります。一般的には、XAFSなどの分析手法で正極材の価数を評価していますが、XRDでも簡易的に価数を評価できる手法としてBVS法があります。例として、正極材LiFePO4(LFP)をリートベルト法によって原子の位置を精密化し、得られた結晶構造の原子間距離から、BVSを計算した結果を表に示します。Liは0.98価とおおよそ1価、Feは1.91価とおおよそ2価と算出されました。加えて、Liが1価になり易い位置を計算すると、結晶構造中にLi+の拡散経路を図示出来ます。LiFePO4結晶構造中のLi+になり易い位置を計算したところ、図のような拡散経路を取っていることが分かりました。XRDにおいて、Liのような電子数が少ない元素の場合、原子散乱能が低いためLi位置の解析が困難ですが、このようにBVSを応用するとLi+の拡散経路を結晶構造からある程度推定することが出来ます.
表.結晶構造解析結果とBVSで見積もられた価数
Element |
x |
y |
z |
Valence |
Bond Valence Sum |
Li1(Li) |
0 |
0 |
0 |
1 |
0.98 |
Fe1(Fe) |
0.28231(9) |
0.25 |
0.9744(3) |
2 |
1.91 |
P1(P) |
0.09511(17) |
0.25 |
0.4188(4) |
0 |
0 |
O1(O) |
0.0948(4) |
0.25 |
0.7422(8) |
0 |
0 |
O2(O) |
0.4563(4) |
0.25 |
0.20847(7) |
0 |
0 |
O3(O) |
0.1638(3) |
0.0495(5) |
0.2848(5) |
0 |
0 |
図.BVSを用いたLFP結晶構造中のLi+拡散経路の推定,図はVESTA3*で描画(試料: LiFePO4)
※ K. Momma and F. Izumi, J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).
2. 正極材LMOの局所構造解析
粉末回折データからの結晶構造解析には、リートベルト解析が良く用いられます。単結晶構造解析と同様に、リートベルト解析は全体の平均構造を決定します。一方、PDF解析では、局所的な秩序と平均的な秩序をより詳細に調べることができ、原子間距離の関数として結果が得られます。リートベルト解析とPDF解析の比較として、Li2MnO4(LMO)正極材料の結果を表に示します。LMOの粉末X線回折データを立方晶、直方晶の平均構造で解析した場合、リートベルト法を行った場合の実測値と計算値の残差を表現するR値に差はありません。そのため、平均結晶構造の候補が近い場合のリートベルト解析では、直方晶と立方晶を区別することはできません。一方、同じ粉末データで8Åまでの比較的短距離の原子間相互作用に着目したPDF解析を行うと、直方晶と立方晶のR値に大きな差があり、斜方晶の方が良い解を与えることが分かりました。PDF解析は、リートベルト解析では得られない、局所的な原子配置に関する新たな知見を提供することができます。
更に本アプリケーションに関して、詳細な記事がリガクジャーナルに掲載されました。ご興味ありましたら、下記URLを参照してください。(会員登録が必要になります。)
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表. LiMn2O4 のリートベルト解析とPDF解析の残差(R値)
結晶系 | リートベルト RWP(%) | PDF RW(%) |
立方晶 | 7.0 | 12.4 |
直方晶 | 6.8 | 6.9 |
図. LiMn2O4の全散乱プロファイル
図.直方晶のPDF解析結果