結晶構造では観測することができない X 線溶液散乱による蛋白質の構造変化
はじめに
X線結晶構造解析およびクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析は、高分解能の蛋白質構造を取得できるという大きな利点があります。しかしながら、X線結晶構造解析は結晶格子の束縛を受け、また単粒子解析では氷包埋による凍結の影響を受けるため、より生体内の環境に近い溶液中での、蛋白質本来の動的構造を観ることができないという制約が存在します。この制約を補うことが可能な手法が、蛋白質のX線溶液散乱法(BioSAXS)です。BioSAXSは、ターゲット蛋白質の溶液中の状態変化を鋭敏に知ることができるだけでなく、アンサンブル解析により動的機能解析も可能にします。
測定・解析例
Mitogen-activated protein kinase kinase 4 (MAP2K4)はストレス及び炎症反応を調節するシグナル伝達経路に属しています。さらに、MAP2K4は炎症疾患に関わるシグナル伝達経路にも関わっているため、創薬ターゲットとして注目を集めています。結晶構造より、MAP2K4のアポ体(apo MAP2K4)は垂直方向に伸びた構造をとることが明らかになりましたが、結晶格子による束縛の影響により伸びている可能性は否定できませんでした。また、結晶構造は結晶格子に束縛されている静的な構造であるため、結晶構造だけではATPを結合するメカニズムの解明には至りませんでした。
そこで、BioSAXS-2000nanoで測定後、ビーズモデリング法による溶液構造解析を行ったところ、apo MAP2K4は溶液中で確かに伸びた構造をとる事が明らかになりました(図1)。しかし、ATP結合ポケットが溶媒領域に露出しておらず、ATPがアクセスできない構造となっており、ATP結合メカニズムの解釈を行うことはできませんでした。
さらなる解析としてアンサンブル解析を実施した結果、apo-1~3ではATP結合ポケットは、Gly-rich-loopやactivation loopに覆われたコンパクトなコンフォメーションであり、ATPがアクセスできない構造でした(1)(図2)。しかし、apo-4ではMAP2K4のN-lobeが大きく上方へ回転し、大きく伸長したコンフォメーションに変化することが明らかになりました(図2)。apo-4ではATP結合ポケットは溶媒領域へ露出しており、ATPがアクセスできる状態でした。このアンサンブル解析から、伸長したコンフォメーションからコンパクトなコンフォメーションへ構造変化する間に、ATPが結合ポケットに取り込まれると解釈することができます。
図1 apo MAP2K4の溶液構造
(ビーズモデル)
図2 apo MAP2K4のアンサンブル解析
参考文献: (1) T. Matsumoto, A. Yamano, Y. Murakawa, H. Fukada, M. Sawa and T. Kinoshita: Biochem. Biophys. Res. Commun., 521 (2020) 106-112.
推奨装置・ソフトウェア
- 生体高分子用X線小角散乱装置 BioSAXS-2000nano