新型検出器XSPA-400 ERを用いた鉄基アモルファス・鉄基ナノ結晶薄帯中の微量結晶相の検出

アプリケーションノート B-XRD1013

要約

アモルファス合金は原子の規則的な配列を持たない金属材料で、結晶性金属と比較して、高強度・軟磁性・超耐食性といった優れた特性を持っています。また近年ではアモルファス金属を前駆体とし、熱処理により10–20 nmサイズの微細な結晶を析出させ、その軟磁性を飛躍的に向上させたナノ結晶合金の開発も進んでいます。アモルファス合金やナノ結晶合金は新素材として開発が進められており、高感度センサーや高性能メモリー、高効率モーター用コアへの活用が期待されています。

優れた特性を有するナノ結晶合金を得るには、微量な結晶相の量を正確に把握し、熱処理条件を精密に制御する必要があります。意図せず結晶化が進展すると、目的の特性を得られない場合があるためです(1)

結晶相の量を定量的に表す指標として、粉末X線回折法による結晶化度があります。しかし、アモルファス合金やナノ結晶合金中に含まれる結晶相が微量であるため、汎用的な構成のX線回折装置では、これらの材料の結晶化度の評価は困難でした。 このような課題に対して、従来よりも高いエネルギー分解能を有するシームレス多次元ピクセル検出器XSPA-400 ER(図1)の使用が有効です。本稿では、鉄基ナノ結晶薄帯中の微量結晶相を検出するための最適な装置構成と測定手法を検討し、結晶相の量を定量的に評価した結果について紹介します。

図1.シームレス多次元ピクセル検出器 XSPA–400 ER

装置

全自動多目的X線回折装置SmartLabに平面多層膜ミラー光学素子CBO(Cross Beam Optics)–αユニット(図2)を組み合わせたBragg-Brentano擬似集中法光学系を用いて、鉄基ナノ結晶薄帯のX線回折測定を行いました。X線源は、X線回折測定で一般的に使われるCuを使用しました。

図2.平面多層膜ミラー光学素子CBO–αユニット


Cu波長で鉄系試料を測定すると、蛍光X線が発生してバックグラウンドが上昇するため、微小ピークの観測が困難です。バックグラウンドの上昇を抑えるためには、入射側でX線を単色化できるCBO–αの使用が有効です。CBO–αから反射された発散ビームは、Cu Kα線を中心とした狭い波長範囲に単色化されており、この他のCu Kβ線などの特性X線や連続X線による蛍光X線の発生を抑えられます。その結果、多層膜ミラー光学素子を使用しないBragg–Brentano擬似集中法光学系と比較すると、P/B比*1が改善し、微小ピークが容易に検出されます。またCBO–αは、ピクセルアレイ多次元検出器と組み合わせたTDI(Time Delay Integration)測定による高速/高強度測定が可能です(2)

 

XSPA–400 ERによる高P/B比測定

図3に、XSPA–400 ER、従来型の2次元検出器(HyPix–3000)、従来型の1次元検出器(D/teX Ultra250)のエネルギー分解能の比較図を示します。

図3.各検出器のCu Kα線に対するエネルギー分布と
遷移金属元素由来の蛍光X線エネルギー


Cu波長で測定する場合、従来型の検出器のエネルギー分布には、CoやFeのKα線・Kβ線(蛍光X線)も含まれます。このため、これらの元素を含む試料の測定では、Cu Kα線波長の回折X線のほかに蛍光X線も計数され、X線回折プロファイルのバックグラウンドが上昇するという課題がありました。これに対して、高いエネルギー分解能を有するXSPA–400 ERは、Cu Kα線を中心とした狭いエネルギー幅のX線のみを計数します(3)。試料から発生する蛍光X線は計数されず、バックグラウンドの低いX線回折プロファイルが得られることから、CoやFeを含む鉄基アモルファス薄帯や鉄基ナノ結晶薄帯の微量な結晶相由来の回折ピークの検出に有効です。

次に、各検出器を用いた鉄基ナノ結晶薄帯No.1の回折パターンを図4に示します。図中の赤線はXSPA–400 ER、青線はHyPix–3000、緑線はD/teX Ultra250で測定された回折パターンを示しています。図4の回折パターンには、α–Feの結晶相由来の微小ピークと非晶質相由来のハローが確認されました。図4では結晶相由来の微小ピークに着目し、回折パターンの強度をα–Fe110回折ピーク強度で規格化しています。これらのプロファイルを比較すると、XSPA–400 ERで測定した場合に、回折パターンのバックグラウンドが最も低くなりました。

図4. 鉄基ナノ結晶薄帯No.1の回折パターン


2θ:65°に見られるα–Fe200回折ピーク付近の拡大図を図5に、α–Fe200回折ピークのP/B比を表1に示します。XSPA–400 ERでは、従来型の検出器よりもP/B比が向上した回折パターンが得られており、2θ:65°付近の微小なα–Fe 200回折ピークがより明瞭に観測されました。このためXSPA–400 ERでは、鉄基ナノ結晶薄帯中の微量結晶相のピークと非晶質相由来のハローとを明確に分離することができます。また、微小ピークが確認しやすいことで、結晶相同定も容易になるという利点もあります。

図5.各検出器による微量結晶相ピーク

 

表1.各検出器によるα–Fe200回折ピークのP/B比

 

部分積算測定による微量結晶相ピークの検出精度向上

微量結晶相の回折ピーク強度を正確に求めるには、部分積算測定が有効です。図6に部分積算測定のイメージ図を示します。部分積算測定は、①全範囲の回折パターンを通常の走査速度で測定(通常測定)したあと、②微量結晶相由来の回折ピーク近辺のみを遅い走査速度で測定します(部分積算測定)。その後、③ ①と②のデータを加算し、④測定時間で除して、単位時間当たりの強度に変換します。このように、全範囲の回折パターンとは別に微量結晶相由来の回折ピークのみを測定して足し合わせすることで、微小ピーク近傍の統計変動*2が抑制されたプロファイルが得られ、微量結晶相の回折ピーク強度の精度が向上します。

図6. 部分積算測定のイメージ図


部分積算測定の効果を、鉄基ナノ結晶薄帯No.2で確認しました。図7に、通常測定と部分積算測定によって得られた回折パターンのα-Fe200付近を示します。α–Fe200回折ピークは、通常測定では統計変動との区別が困難であるのに対し、部分積算測定では明瞭に観測されることがわかりました。

図7. 鉄基ナノ結晶薄帯No.2の通常測定と部分積算測定による回折パターン


特に微小な回折ピークに限定して遅い走査速度を用いる部分積算測定は、測定効率の面でも優れています。図7に示した部分積算測定プロファイルは、仮に全測定範囲を部分積算測定と同じ走査速度で実行した場合と比較すると1/5の測定時間で得られます。このように部分積算測定を活用することで、効率的に評価を進めることができます。

 

鉄基ナノ結晶薄帯の結晶化度算出

結晶化度は、試料中の結晶相の量を定量的に表す指標であり、X線回折プロファイルに含まれる結晶相および非晶質相からの散乱強度(回折ピークの面積)から、次式で計算されます(4)

XRD1013_fom1_ja

ここまでに示したように、CBO–αユニットとXSPA–400 ERを搭載したX線回折装置を使用し、部分積算測定を行うと、鉄基ナノ結晶薄帯中の微量結晶相ピークが明瞭に現れた回折パターンが得られます。結晶相ピークと非晶質由来のハローの分離が容易であり、それぞれの強度が適切に求まるため、数%レベルの低い結晶化度も正確に算出することが可能です。 図8に、鉄基ナノ結晶薄帯No.1、No.2の回折パターンと、それらを結晶相ピークと非晶質相由来のハローパターンに分離した結果を示します。また、結晶化度の算出結果を記載しています。

図8. 鉄基ナノ結晶薄帯No.1とNo.2の回折パターンと結晶化度算出結果


鉄基ナノ結晶薄帯No.1の結晶化度は6.2%、No.2の結晶化度は2.4%と求められました。このようにα–Fe200のような微小ピークも考慮することで、10%以下の結晶化度の正確な定量的評価が可能です。 以上のように、微小ピークを適切に測定して求めた正確な結晶化度は、鉄基ナノ結晶薄帯・鉄基アモルファス薄帯の熱処理条件の検討や、さらなる高性能材料開発への活用が期待されます。

謝辞

本アプリケーションノートの作成に当たり、試料のご提供及びご助言をいただきました、一般財団法人光科学イノベーションセンターの平本尚三様に感謝申し上げます。

*1 P/B比…バックグラウンドを除く回折X線強度Pとバックグラウンド強度Bの比。
*2 統計変動…X線計数値が持つ統計的なゆらぎ。一般的に計数した強度(counts単位)の平方根の強度変動が観測される。

参考文献

(1) 増本健: アモルファス金属のおはなし, 日本規格協会, (2003), 53-68.
(2) 刑部剛: リガクジャーナル, 47(2016), No.2, 7-11.
(3) 株式会社リガク: リガクジャーナル, 54(2023), No.1, 17-20.
(4) J.L. Matthews, H.S. Peiser and R.B. Richards: Acta Cryst., 2, 85(1949).

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