XtaLAB Synergyシステムを用いた結晶スポンジ法
はじめに
結晶スポンジ(CS)法は、対象化合物が極めて微量、あるいは通常の条件で液体や非晶質であるために、良質な単結晶を得ることが困難または不可能である場合にも、単結晶X線構造解析を適用できるようにする手法です。単結晶X線構造解析法は、NMR等の分光法や質量分析法のようにスペクトルデータから分子構造を推測する必要がなく、分子の三次元構造を直接得られるという唯一無二の特長を持ちます。[1]
CS法においては、あらかじめ合成した多孔性金属有機構造体(MOF)の単結晶を分析対象(ゲスト)の容れ物(ホスト)として利用します(図1)。分析対象分子は、溶液中または気相中からMOFの細孔内に拡散し、分子間相互作用に従ってMOF空孔内の特定の位置に結合することで、MOFの周期性に沿って配列します。このプロセスは、分子認識による結晶内部でのゲスト分子の結晶化と見なすことができます。
この方法により、テルペン類[2]、ステロイド[3]、海洋天然物[4]、医薬品代謝物[5]、オゾニド[6]、または香気化合物[7]などの様々な化合物の三次元構造決定に成功しています。
図1: 従来の結晶化とCS法の比較(X = Cl, I)
結晶スポンジの合成
結晶スポンジは、2,4,6-トリス(4-ピリジル)-1,3,5-トリアジン(tpt配位子)のクロロホルムまたはニトロベンゼン溶液の上に、塩化亜鉛またはヨウ化亜鉛のメタノール溶液を緩やかに加えることによって合成できます。両溶液の界面では、反応の進行に伴い不透明な層が形成され、2-3日程度で50-100 μmの大きさの結晶を得ることができます(図2)。結晶化時間が長すぎると、大きすぎる結晶や複数貼り合わさった結晶ができてしまいます。
合成に用いた極性溶媒は結晶スポンジの空孔との親和性が高く、分析対象分子と交換しにくいことから、結晶中へのゲストの取り込みを促進するために、ヘキサン、シクロヘキサン、trans-デカリンのような結晶スポンジへの結合の弱い非極性溶媒への交換を行う必要があります。
図2: 結晶スポンジ合成のセットアップ
ソーキング
合成した結晶スポンジを用いて、CS法の最も重要なステップである分析対象化合物のソーキングを行います。ソーキングとは、結晶スポンジ内部の細孔へゲストを取り込ませる操作です。信頼性の高い構造解析を実現するためには一般に50%以上のゲスト占有率が必要とされます。
典型的なソーキング法は、底が円錐状になったバイアルに結晶スポンジ1粒を20〜50μLの溶媒とともに取り出し、ここにゲストの溶液を加えるものです。この場合、必要なゲスト化合物はおよそ1μgです。
図3: マイクロバイアル中の結晶スポンジ
バイアルのキャップにシリンジ針を刺し50℃程度に加温することで、溶媒が徐々に揮発しゲストが濃縮され、ソーキングが加速されます。一方、アミン類のように求核性の窒素原子を有する化合物の場合、結晶スポンジの骨格を壊してしまうことがあるため、4℃程度の低温でのソーキングが有効です。分析対象ごとに、最も高いゲスト占有率が得られるようにソーキング条件を最適化します。
一般に、50 µm 程度の小さな結晶を用いた方がゲストの占有率は高くなりやすい傾向にあります。大きすぎる結晶を使用すると、ゲストが結晶内部まで十分に浸透しない場合があります。
CS法の注意点と対処
結晶スポンジ法におけるソーキングとその評価についてはいくつかの注意点があります。
まず、夾雑不純物による非特異的結合を防ぐため、分析対象化合物はソーキング前に精製して十分純度を高めておきます。これについては、HPLC[1]および分取GC[7]の精製フラクションを直接ソーキングに供することが可能です。
次に、温度、溶媒、サンプル濃度といったソーキング条件は、ゲストの占有率が十分に高くなるよう、分析対象ごとに最適化します。従って、結晶スポンジ法においては、分析対象とソーキング条件を変えて作製した多数の包接結晶について、X線回折測定を実施する必要が生じます。
回転対陰極X線源を搭載したリガクの最新型の単結晶X線回折装置、XtaLAB Synergy-R (Cu)やXtaLAB Synergy-DW VHF (Cu, Mo)は、多数の包接結晶のスクリーニング、回折測定を高速、高効率に行うことができ、結晶スポンジ法に最適です(図4)。さらに、タンパク質結晶用のスクリーニングキットであるXtalCheck-Sと組み合わせることで、回折測定を実施する前に良質な結晶を高速にスクリーニングできます。
CS法では、キラル分子の絶対配置を決定できます。ゲストの持つキラリティの情報は、分子間相互作用を介して結晶スポンジ骨格のコンフォメーションに反映されます。その結果、もともと反転中心を持つ空間群C2/cであった結晶スポンジは、C2などの反転中心の無い空間群へ転換します。結晶スポンジ骨格は亜鉛やハロゲンといった重原子を含むため、軽元素のみからなる有機ゲスト分子でも十分な異常分散効果が得られます。そのため、十分なゲスト占有率があれば、Flackパラメーターの評価によりゲストの絶対配置を判定できます。[9]
図4: 2波長型回転対陰極X線源PhotonJet DW VHFと湾曲型ハイブリッドフォトンカウンティング(HPC)検出器HyPix-Arc 150°を搭載した、単結晶X線回折装置XtaLAB Synergy-DW VHF (キャビネットは省略しております)。
結晶スポンジの回折測定には、Mo線源よりもCu線源を使用するのが好ましいとされています。Cu線源の方が輝度が高く、強い回折線が得られるので、結果的に短時間で測定を完了できるためです。Cu線源を用いることで、0.84Å以上の分解能範囲までの完全データを、1時間以内に取得することができます(図5)。
さらに、一度の測定で広い分解能範囲をカバーできる湾曲型HPC検出器を用いることで、最短の照射時間で、斜め入射の影響による回折スポットの歪みのない、高品質のデータが得られます。
Cu線源を使用する場合の、結晶スポンジ骨格の持つ重原子によるX線吸収の影響は、小さい結晶を使用するか、結晶外形による吸収補正を行うことで容易に除くことができます。
図5: Cu線源と湾曲型HPAD検出器HyPix-Arc 150°を搭載した装置で得られた結晶スポンジの回折イメージ。0.84Å以上の分解能が得られています。
結晶スポンジの回折測定においては、強い回折線と弱い回折線の強度を同時に精度よく測定するため、広い検出器ダイナミックレンジが重要です。HPC検出器であるHyPix-6000HEやHyPix-Arc150°は、広いダイナミックレンジ(>106)を持ち、暗電流ノイズの無いゼロバックグラウンドを実現します。回折強度の見積もりのためのオーバーサンプリング測定は不要であり、必要以上の露光による結晶の劣化を防ぐことができます(図6)。
湾曲型HPC検出器HyPix-Arc150°を使用することで、構造解析に必要な回折角150°までの回折線を、1つの2θ角度で一度に測定することができます。これにより、スケーリングの改善、短時間測定によるX線障害の低減といったメリットが得られます。
図6: X線照射によるZnI2結晶スポンジの劣化に伴う色変化(左:照射前、右:照射後)。
リガクの無償提供する統合プラットフォームソフトウェアであるCrysAlisProは、回折測定、データ処理からAutoChemプラグインによる自動構造解析に至るまで、結晶スポンジを取り扱うために必要な機能を全て備えています。結晶スポンジは亜鉛やハロゲンを含み強いX線吸収を持ちます。そのため、空孔内の電子密度を計算しゲスト分子の構造精密化を行うためには、X線吸収の影響を考慮して回折データをスケーリングする必要があります。また、X線障害による結晶の劣化に伴う回折強度の減衰も問題となります。CrysAlisProでは、結晶外形を用いた吸収補正やB因子の精密化による結晶劣化の補正[10]が簡単に行え、これらの問題点に適切に対処することができます。
CS法の測定手順
例として、カフェインを用いてCS法の試料調製から回折測定までを実際に行った一連の流れを紹介します。カフェインは代表的な医薬品有効成分(API)です。
ZnCl2からなる結晶スポンジを、既報の方法に従い調製しました。[7] 単結晶1粒をシクロヘキサン50 µLとともに円錐形バイアルに取り出し、カフェインの1 µg/µLジクロロメタン溶液1 µL を加えました。バイアルをPTFEセプタムのキャップで封じた後、セプタムにシリンジ針を刺し、50℃で2日間静置して包接結晶を調製しました。
回折測定は、封入管X線源PhotonJet-SとHyPix-6000HE検出器を搭載したXtaLAB Synergy-S (Cu, Mo)を用いて行いました。Cu線源を使用し、低温吹付装置を用いて100 Kで測定を実施しました。露光時間は低角側を0.24秒、高角側を4.40秒とし、計1862枚の回折イメージを取得しました。測定時間は1時間34分でした。
図7には、結晶スポンジ骨格を精密化した際に現れた差電子密度マップと、実際に電子密度にゲスト分子を当てはめて精密化した際の非対称単位の構造を示しています。
図7: カフェインを包接した結晶スポンジの構造。カフェインの分子構造が電子密度マップにはっきりと現れています。
まとめ
強力な回転対陰極X線源と精密な計数を行うHPC検出器を搭載したXtaLAB Synergyシステムは、高速で信頼性の高い測定を必要とするCS法に最適です。CS法では分析対象ごとにソーキング条件の最適化が求められるため、短時間に多数の結晶をスクリーニングし、測定する必要があります。本記事では実施例として、強度の低い封入管X線源の装置を用いても1時間程度で測定が完了することを紹介しました。
リガクの無償提供するCrysAlisProは、結晶スポンジの回折データの処理に最も適したソフトウェアです。多数の補正オプションにより、ゲスト分子の構造精密化が最も成功しやすくなるように回折データをスケーリングできます。
参考情報
下記URLにて、結晶スポンジ法に関するウェビナー動画を公開しています。
https://www.rigaku.com/webinars/crystalline- sponge/method
文献
[1] Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen, M. Fujita, Nature 2013, 495, 461–466.
[2] T. Mitsuhashi, T. Kikuchi, S. Hoshino, M. Ozeki, T. Awakawa, S.-P. Shi, M. Fujita, I. Abe, Org. Lett. 2018, 20, 5606-5609.
[3] Y. Inokuma, T. Ukegawa, M. Hoshinoac, M. Fujita, Chem. Sci. 2016, 7, 3910–3913.
[4] S. Urban, R. Brkljaca, M. Hoshino, S. Lee, M. Fujita, Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 2678 –2682.
[5] L. Rosenberger, C. von Essen, A. Khutia, C. Kühn, K. Urbahns, K. Georgi, R. W. Hartmann, L. Badolo, Drug Metab. Dispos. 2020, accepted manuscript.
[6] S. Yoshioka, Y. Inokuma, V. Duplan, R. Dubey, M. Fujita, J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 10140–10142.
[7] N. Zigon, T. Kikuchi, J. Ariyoshi, Y. Inokuma, M. Fujita, Chem. Asian J. 2017, 12, 1057-1061.
[8] F. Sakurai, A. Khutia, T. Kikuchi, M. Fujita, Chem. Eur. J. 2017, 23, 15035-15040.
[9] S. Lee, M. Hoshino, M. Fujita, S. Urban, Chem. Sci. 2017, 8, 1547-1550.
[10] J. Christensen, P. N. Horton, C. S. Bury, J. L. Dickerson, H. Taberman, E. F. Garmanc, S. J. Coles, IUCrJ 2019, 6, 703-713.
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