世界のリガク vol.6

“熱分析の聖地”ハンガリーから — 技術と人に出会う旅
こんにちは、熱分析スペシャリストの有井です。
先日、ハンガリーはブダペストへ出張に行ってまいりました。
目的は、4th Journal of Thermal Analysis and Calorimetry Conference & 10th V4 (Joint Czech Hungarian-Polish-Slovak) Thermoanalytical Conference (JTACC+V4 2025,熱分析・熱量測定国際会議) へ参加するため。
…と、書くとカッチリした出張に見えますが、実際には驚きあり、発見あり、学びありの「現地でしか得られないもの」に満ちた旅でした。今回はそんな体験の一部をみなさんにご紹介したいと思います。
学会参加者の集合写真 (JTACC+V4 2025 サイトより)
熱分析の“原点”で感じた、欧州の本気
ブダペスト。川沿いに広がる美しい街に、世界中から熱分析の専門家が集まっていました。
学会には、なんと51カ国から379名が参加。日本人は私一人。リガクは今回初めてスポンサー企業として参加し、ブース出展と講演を行いました。
しかも講演は、初日最大セッションのトリという重要なポジション!これは…プレッシャーも倍増。
緊張のプレゼンテーションを終えた講演直後、なんと、聴講者が一斉にブースに押し寄せてきました。これには正直感動しました。今回発表の中で紹介した同時熱分析(STAまたはTG-DTA/DSC)装置に関心が高かったようで、「価格は?」「納期は?」「あの機能は標準?」と質問攻め。
展示した「試料観察機能付きDSCとSTA」や「XRD-DSC複合装置」には、特に熱視線が注がれていました。
豆知識 1:なぜハンガリーは“熱分析の聖地”なのか?
実は、熱分析の歴史はハンガリーと深い関わりがあります。
- 1950年代初頭、ブダペスト工科大学で世界初の同時測定型TG/DTG/DTA装置「デリバトグラフ(Derivatograph)」が開発されました。これは、現在の熱分析の基礎となる装置です。
- 1969年には、世界初の熱分析専門誌「Journal of Thermal Analysis and Calorimetry(JTAC)」がハンガリーで創刊されました。
- また、ハンガリーは国際熱分析会議(ICTAC、ESTAC)の開催地としても選ばれ、欧州での研究・教育・装置開発の中心的な役割を担ってきました。
つまり、技術革新・学術支援・国際交流の三拍子がそろったハンガリーは、まさに“熱分析の聖地”といえるのです。
ライトアップされたブダペスト工科経済大学
豆知識 2: JTACC+V4の” V4” ってなに?
「V4(ヴィシェグラード・グループ、Visegrád Group)」とは、中欧の4か国(ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア)による地域協力の枠組みです。1991年に、共産主義体制からの移行後、民主化と市場経済化を進める中で、これらの国々が協力関係を築くために発足しました。
V4のケーキ:上段左からハンガリー、チェコ、下段左からスロバキア、ポーランド
私は今回、熱分析にXRDや質量分析、さらには試料観察などを組み合わせた、“ちょっと進化した熱分析”の話をさせていただきました。
複数の技術を組み合わせることで、材料の変化をもっと深く、そして“見える化”していくアプローチを、いくつかの事例と併せて紹介しました。
発表の様子(有井)
熱分析における連携・可視化技術とその応用
キーワード: TG-MS、TG-FTIR、XRD-DSC、試料観察、可視化
熱分析は、材料の熱的性質や化学変化を「高分子レベル」で理解するために広く活用されている。たとえば、同時熱分析(STAまたはTG-DTA/DSC)は、材料の熱的特性を評価するための強力な手段であるだけでなく、STAと質量分析(TG-MS)やフーリエ変換赤外分光法(TG-FTIR)を組み合わせた同時測定システムの登場により、材料の熱分解により発生するガス生成物の詳細な分析も可能になっている。
また、X線回折(XRD)と示差走査熱量測定(DSC)を組み合わせた同時XRD-DSCは、DSCにより固体相の熱的変化を、XRDにより結晶状態の変化を同時に測定できる技術である。これは、多形変化、脱水、結晶化、固化などの相転移を伴う結晶性材料の変化を連続的にモニタリングできる強力な分析手法である。
近年注目されているもう一つの革新的技術が、「可視化分析」である。光学顕微鏡と熱分析装置を統合し、加熱中の試料の形状・サイズ・色などの可視的変化をリアルタイムで観察する試料観察分析は、化学的・物理的変化をより正確に解釈する上で非常に有用である。
さらに、この可視化技術では、光学画像と熱分析データ(温度・熱特性)を自動でリンクさせることができ、測定後は熱分析曲線をクリックするだけで画像の再生・解析が可能となる。たとえば、液晶状態からの結晶化プロセスの中で、中間的な結晶相が存在することが、この試料観察機能により視覚的に明らかになり、XRD-DSCによりその存在が裏付けられた。
本発表では、近年までに開発されたこれらの同時複合型・可視化型熱分析手法の有効性を示すために、複数の材料に対する応用例を紹介した。
発表資料から― リガクのTAイノベーション技術とは?
参考文献:
- Arii, T. Senda, N. Fujii, Thermochimica Acta, 267 (1995) 209-221.
- L. Celiz and T. Arii, J Therm Anal Calorim., 116 (2014) 1435-1444.
- Arii, A. Kishi and Y. Kobayashi, Thermochimica Acta, 325 (1999) 151-156.
「学会展示は“実機”が命」—現地からのリアルな声
ブース設営中に、Rigaku Europe SE(RESE)の Dr. Magdalena Grzywaがひとこと。
「欧州の展示会では、モックアップは意味がないのよ。みんな“本物”を見たがってる。」
実際、他社のブースではNetzsch社もMettler社もLinseis社もTA Instruments社も、全社が熱分析の実機を展示していました。
リガクも将来的には、RESEに展示用装置を常設する必要がある——そう強く感じました。
リガクのブース。写真左から有井、 Dr. Magdalena Grzywa、 Dr. Zoltan Pinter
帰国後に残った言葉:「学会参加や展示会活動は一過性ではない」
ブダペストでの学会の最後、ハンガリーの代理店Nanotest Hungary社の Dr. Zoltan Pinterが言いました。
「1回の出展じゃ忘れられちゃうよ。リガクの熱分析技術を知ってもらうには継続が大事。」
本当にその通りだと思います。出展して終わりではなく、この技術をどのように活用してもらうか、信頼性をどう実感してもらうかが勝負 。
幸い、2026年にはクロアチア(スプリット)で The 14th European Symposium on Thermal Analysis and Calorimetry (ESTAC14)が開催予定。さらにブラッシュアップしたプロモーションを企画。次の舞台はもう見えています。
最後に
欧州で求められているのは、「スペックの良さ」だけではありません。
現地の空気を感じ、話し、反応を見て、ようやく“市場に立てる”と実感しました。
リガクの熱分析装置が、ここ欧州 、そして世界で選ばれるようになる——
その第一歩を踏み出せた出張だったと思います。
参考:
JTACC+V4 2025 公式サイト https://akcongress.com/jtacc/

有井 忠(Tadashi Arii)
プロダクト本部 熱分析
大学では化学系の物理化学を専攻しました。リガク(理学電機)に入社してから、翌年にはスウェーデンの大学の物理学科で勉強する機会をいただきました。帰国後は、つくばの国立研究機関で熱伝導率の装置開発の外来研究員として働き、その後、母校の大学院博士課程に進学して学位を取得しました。
リガクではずっと熱分析装置の設計・開発に関わってきました。今はプロダクト本部の熱分析部門で、長年の目標だった海外展開に力を入れています。国際学会に参加したり、各国の代理店の方々と一緒にワークショップやセミナーを開いたりして、技術面でのサポートをしています。
国内では、熱伝導率の知識を活かして、輸入製品の技術支援も担当しています。現場の声を聞きながら、より良い製品づくりやサポートにつなげていけるよう日々奮闘中です。