波長分散小型蛍光X線分析装置による ASTM D6443-04 に準拠した潤滑油分析
はじめに
潤滑油は基油に添加剤を混合することによって様々な特性,機 能が付与されます.したがって,必要な性能を保証するためには, 潤滑油製造工程において添加剤の濃度管理を行うことが非常に 重要です. 蛍光X 線分析法は,その高い精度と試料前処理の簡便さから, 基油・添加剤・製品のいずれにおいても,元素定量分析手法とし て普及しています.蛍光X 線分析法における油系試料の前処理 は,一般に薄い高分子フィルムを張ったプラスチック容器に試料 を注ぐだけです.誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-OES)な どのような分析方法とは異なり,蛍光X 線分析法では化学分解, 抽出,連続希釈といった手間のかかる作業を必要としません.米 国試験材料協会(ASTM International ) の分析規格である ASTM D6443-03 は,蛍光X 線分析装置のなかでも波長分散型 装置(WDXRF)が持つ高い精度,分解能及び軽元素の検出感 度に鑑み,WDXRF の使用を規定しています. WDXRF は,設置にあたっての大きなスペース,冷却用の水,産 業機械向けの大きな電源設備といった要求事項が多く,故障時 の部品交換にもコストがかかる装置というのが従来の認識でした が,潤滑油業界では,より高い費用対効果のために,単に分析 を行うというだけではなく,導入及び維持が簡単で低ランニングコ ストの機器を導入する傾向が強くなっています. 本アプリケーションノートでは,ASTM D6443-04 に基づき,コン パクトな卓上型のWDXRF であるSupermini200 による基油,潤 滑油及び添加剤中のCa,Cl,Cu,Mg,P,S,Zn の定量分析性 能について紹介します.
装置
Supermini200 は,卓上走査型の波長分散型蛍光X 線分析装置 (WDXRF)です.高いスペクトル分解能,軽元素の感度といった 波長分散型の優れた特長を備えながら,冷却水,特別な電源設 備などのユーティリティが不要で,設置面積も小さくなるよう設計 されています.独自の200W 空冷X 線管,二つの検出器,真空/ ヘリウム雰囲気切換プログラム制御,最大三つの分光結晶とい った特長を備えており,全測定スペクトルの完全分離と,Mg,P, Cl といった軽元素の高感度を実現し,全ての対象元素を数分以 内に分析可能です. Supermini200のソフトウェアは,リガクの汎用高出力型WDXRF であるZSX シリーズと共通の,Windows®ベースのソフトウェアで あり,先進的なアルゴリズム,多言語サポート及び使いやすいイ ンターフェースを備えています.
標準試料及び試料調製
標準試料は,AccuStandard®製の潤滑油用有機金属標準試料 セットを用いました. 分析窓として4.0 μm のProlene®フィルム(Cat.No. CH416)を張 った液体容器(Cat.No. CH1540)に各試料6 g を入れました.容 器は使い捨てで安価なタイプです.
測定条件
全元素ともに,ヘリウム雰囲気下で,標準結晶を用いX線管出力 50 kV-4.0 mAで測定を行いました.各分析線について,ピーク及 びバックグラウンド強度を測定しました。測定時間は7元素のトー タルで9 分弱です.
検量線
ASTM D6443-04に従って,Mg以外の全元素にマトリックス補正 を適用しました.検量線作成結果を表1 に,対応する検量線を図 1 に示します.
元素 | 検量線範囲 (mass%) |
正確度 (mass%) |
LLD (ppm) |
Ca | 0 – 0.50 | 0.0021 | 1.9 |
Cl | 0 – 0.15 | 0.0005 | 0.8 |
Cu | 0 – 0.05 | 0.0006 | 1.1 |
Mg | 0 – 0.20 | 0.0044 | 20 |
P | 0 – 0.15 | 0.0004 | 1.0 |
S | 0 – 0.75 | 0.0032 | 0.9 |
Zn | 0 – 0.15 | 0.0020 | 1.0 |
表 1 全成分の検量線作成結果
検量線正確度(Accuracy)は次の式によって計算しています.
検出下限(LLD)は次のように計算しています.
分析結果
装置の繰返し再現性が規格の要求を満足することを確認するた めに,代表サンプルについて2 個の分析試料を作製し定量分析 をする,というプロセスを20 回行いました. 表2 にまとめた試験データは,2 個の分析試料の平均値(Avg.) 及び分析値の差(Diff.)を示しています.ASTM D6443-04 は, 「同一オペレーターが同一機器を用いて同一操作条件下で同一 物質を,…長期間に渡って分析した時の連続する分析結果の 差」が,表3 の値を超えてはならないとされていますが,これは各 成分の最大許容差「r」を表す式として与えられています.表3 中 の単位はX を含め全てmass%です. 表2 の「Max」は,実際に得られた連続する分析結果の差を示し ており,「r」がASTM の手法で規定された最大許容差です(表3 参照).「Max」の値は全て「r」を下回っており,Supermini200 が 余裕をもってASTM D6443-04 の要求する性能を満たすことが 分かります. 図2 は各元素の定性チャートを示しています.リガクが蓄積して きた波長分散技術によるSupermini200 の優れたピーク/バック グラウンド比とスペクトル分解能とが確認できます.
図 1 マトリックス補正後の潤滑油検量線
表2 繰返し再現性測定結果 (単位: mass%)
結論
本アプリケーションノートでは,設置の容易な卓上型WDXRF であるSupermini200 を用いて,正確,高感度かつ高い繰返し 再現性で潤滑油及びその添加剤のルーチン分析が可能なこと を示しました. また,リガク走査型卓上WDXRF 装置はASTM D6443-04 だ けでなく,より高濃度の添加元素に対応したASTM D4927-05 にも準拠しています.
参考文献
ASTM D6443-04 (2010) Standard Test Method for Determination of Calcium, Chlorine, Copper, Magnesium, Phosphorus, Sulfur, and Zinc in Unused Lubricating Oils and Additives by Wavelength Dispersive X-ray Fluorescence Spectrometry (Mathematical Correction Procedure)
Element | Concentration range | Repeatability [r] |
Ca | 0.001 – 0.200 | 0.006914 (X+0.0007)0.5 |
Cl | 0.001 – 0.030 | 0.0356 (X+0.0086) |
Cu | 0.001 – 0.030 | 0.002267 (X+0.0013)0.4 |
Mg | 0.003 – 0.200 | 0.01611(X+0.0008)0.333 |
P | 0.001 – 0.200 | 0.02114 X0.7 |
S | 0.030 – 0.800 | 0.02371 X0.9 |
Zn | 0.001 – 0.200 | 0.01225 X0.7 |
表 3 ASTM D6443-04 において規定されている繰返し再現性 (単位: mass%) 注) X: 濃度(mass%)
図 2 定性チャート