アセチルサリチル酸の加熱挙動と速度論的解析
はじめに
熱重量-質量分析(TG-MS)は所定の温度条件下での物質の熱分解プロセスの研究や含水率、反応機構の決定に非常に有用です。
今回は鎮痛剤として広く使用されているアセチルサリチル酸(アスピリン)を加熱した際に発生するガスをThermo Mass Photoを用いて調べました。また速度論的解析より、反応の活性化エネルギーと反応時間予測を行いました。
装置
Thermo Mass Photo
光イオン化(PI)技術とスキマー型インターフェースが融合した示差熱天秤-光イオン化質量分析同時測定装置、Thermo Mass Photoは試料を加熱した際の重量変化と熱変化を検出すると同時に、発生ガスを分析できる複合分析装置であり、高精度な発生ガス分析を実現しています。新素材開発や製造技術の確立、品質管理、基礎研究を協力にサポートする分析ツールです。
Thermo Mass Photoでは、ガス導入用インターフェースにスキマー型インターフェースを採用することで、発生ガスを高効率でMSへ導入することができるようになりました。
またMSにおけるイオン化法として、一般的に使用されている電子イオン化(EI)法に加えて、分子イオンを選択的に検出できるソフトイオン化の一つである光イオン化(PI)法を選択できます。ポリマーの熱分解など、多数の有機ガスが同時発生する場合は、二つのイオン化法を駆使することで、ガス種の特定が従来よりも容易になります。
測定条件
アセチルサリチル酸をAl試料容器に4mg程度秤量し、He雰囲気において昇温速度20℃/minで加熱しました。その際の試料の重量変化、温度変化及び発生ガスをThermo Mass Photoにて検出しました。
また速度論的解析を行うために昇温速度を5、10、15、20℃/minと変化させて測定を行いました。
測定結果
アセチルサリチル酸を不活性のHe雰囲気中で加熱するとFig. 1に示すように2段階で減量することがわかりました。
Figure 1 TG-DTA profile and MS ion thermogram of acetylsalicylic acid.
1段目の減量が確認される温度範囲(120~250℃)では144℃と188℃に吸熱ピークを確認しました。またMSイオンサーモグラムではこの減量に対応して、サリチル酸、アセチルサリチル酸、酢酸に対応するイオンを検出しました。144℃の吸熱ピークはアセチルサリチル酸の融解によるものであり、188℃の吸熱ピークはアセチルサリチル酸の昇華、蒸発及びアセチルサリチル酸の分解(酢酸とサリチル酸の発生)によるものと考えられます。
2段目の減量が確認される温度範囲(250~400℃)では、357℃に吸熱ピークが、またMSイオンサーモグラムではフェノール由来のイオンが検出されました。この温度領域では熱分解によってフェノールが発生していると考えられます。
ある反応に対する熱分析曲線の形状と測定温度条件に依存する変化は、反応の速度論的挙動を反映します。そして熱分析を用いた速度論的解析によって得られた情報は材料の寿命予測などにおいて幅広く利用されます。一般的には速度論的データを取得する目的のためにTG測定が広く利用されますが、今回の一段目の減量のように複数の反応が寄与している場合はTGではなく、発生ガスの温度プロファイルを利用した方が反応生成物に特化した解析できるため有効です。
一段目の減量時に発生するサリチル酸の分子イオン(m/z138、PI)のMSイオンサーモグラムを使って、この反応の活性化エネルギーを求めました。Fig. 2に昇温速度5、10、15、20℃/minのときのm/z 138のMSイオンサーモグラム(PI)及びこのデータを積分し、反応率に変換したデータを示します。そしてこのデータを利用して小沢プロットを作成するとFig. 3のようになりました。サリチル酸の発生が最大となる温度にほぼ対応する反応率40%の際の活性化エネルギーは89kJmol-1でした。また25℃にてこの反応率に到達するまでに要する時間は6849時間(285日)と予想されます。
Figure 2 MS ion thermogram of m/z 138 (PI) and its conversion profile.
Figure 3 Flynn-Wall-Ozawa plots for generation of salicylic acid.