医薬品分析シリーズ #1. 粉末X線回折初心者のための医薬品分析の基礎
Q&A:
配向や粗大粒に関するご質問
Q1: 粉砕処理の注意点にあった粉砕の影響が認められた場合はどのようなことに注意して粉砕すれば良いのでしょうか。
粉砕による影響が認められる試料については、粉砕を推奨しません。 粗大な粒子を含む試料は、試料ホルダーを回転させながら測定することで粗大粒の影響を抑制することもできるため、粉砕ではなく回転させて測定することをお勧めします。
Q2: 配向、粗大粒がある場合は検量線法でも定量は難しいのではないでしょうか。それなら(マトリックスで配向が緩和されるなら)、すべての方法で対応できるのではないでしょうか 粉末サイズを適正化することで配向と粗大粒の影響に対応するということでしょうか。
ご質問の通り、配向や粗大粒がある場合は、検量線法での定量は難しいです。 ただし、配向しやすい結晶(被検成分)が配向しないマトリックスと混合されることにより、被検成分の配向が緩和される濃度領域も存在します(下のイメージ図をご参照ください)。その場合は、検量線法による定量が可能です。 また、粉砕は粗大粒の影響だけではなく、配向しやすい試料にもある程度有効です。
Q3: 測定毎にサンプルの粒径が変わる場合、定量分析は難しいのでしょうか?(粒径によって強度が変わるため)
試料ホルダーを回転させながら測定したり、試料を粉砕したりすることにより、粗大粒の影響を抑制すれば定量分析も可能性です。試料の回転についてはQ1、試料の粉砕方法についてはQ5をご参照ください。
Q4: 定性分析によって結晶形を確認する場合において,強度に差があってもピーク位置が同じであれば,同じ結晶形と判断してもよいのでしょうか.
試料が有機物である場合に強度比が異なるのは、粗大粒や配向の影響と考えられるため、ピーク位置が同じであれば同じ結晶形であると判断できます。
Q5: 乳鉢以外の粉砕方法はどんな方法がおすすめでしょうか
ボールミルなどの機械粉砕も一般的です。ただし、乳鉢の粉砕と比べて機械粉砕は試料への負荷が大きいため注意が必要です。例えば、過度な粉砕により、メカノケミカルな反応が起こり、結晶性が低下する可能性があります。したがって、粉砕の際は乳鉢での粉砕と同様、粉砕前後を比較して粉砕による影響がないことを確認することを推奨します。 また、試料をメッシュに通す方法も有用です。メッシュを通った試料を用いることで、細かく均一な粒子のみを測定することができます。
結晶化度に関するご質問
Q6: 結晶化度を求める場合、ハローパターン部分とピーク部分それぞれの散乱強度はどのように求めるのでしょうか。
リガクのソフトSmartLab Studio IIの応用解析タスク(ピーク分離法)による手順をご紹介いたします。 まず、得られたプロファイルに対して、非晶質由来のハローの位置や幅、ピーク形状を推定します。その後、結晶由来のピークも含めて全体のフィッティングを行うことで、試料の結晶化度が得られます。
Q7: XRDによる結晶化度算出と、DSCによる結晶化度算出の相関はどの位一致するのでしょうか?知見があればご教示願います。
XRDとDSCによる結晶化度の算出はそれぞれ一長一短がありますが、一般にXRDよりもDSCの方が結晶化度の正確度は高いとされています。ただし、試料によっては解析が難しい場合もありますので、適切な手法の選択が必要です。 DSCによる結晶化度の算出方法については、熱分析豆知識をご覧ください。 https://rigaku.com/ja/products/thermal-analysis/learning/tips/crystallinity-calculation-part1
定量方法に関するご質問
Q8: DD法について詳しく知りたいです。貴社から情報提供しているものがあればご教示ください。
DD法に関するリガクジャーナルのリンクを記載しますので、こちらをご参照ください。
・新しい定量分析法:the direct-derivation methodの基本原理と使用法
・各結晶相の積分強度と化学組成から求める新しい定量分析法
また、医薬品関連のアプリケーションノートも、是非ご確認ください。
・DD法®による医薬品原薬の定量分析
・DD法®による原薬の微量不純物の定量下限
Q9: 標準サンプルのマトリックスは測定したいサンプルと統一が必要でしょうか。異なる場合、マトリックスの影響を受けてピーク強度が変化するでしょうか。
標準試料と統一することを推奨します。異なる場合は、マトリックス成分によるX線の吸収の程度が変わることから、得られる回折強度が変化し定量分析結果に影響を及ぼします。
Q10: RIR法による定量は今回紹介されませんでしたが、推奨されないのでしょうか?
有機物の医薬品を扱う場合は推奨できません。理由は以下の通りです。
- RIR法は、個々の結晶相がほかの結晶相のピークに重なっていない単独のピークをもつ必要があります。しかし、有機物の医薬品はピークが密集しており、単独のピークを持たない場合が多いため、適用外であることが多いです。
- 開発段階の医薬品原薬などはデータベースにカード情報がなく、RIR定量に必要なRIR値が不明な場合が多くあります。その場合はRIR値を求めることから始める必要があり、手間がかかります。
- RIR法は配向する試料には適用できません。医薬品原薬は配向性をもつことが多いため適しません。
以上の理由から、今回は医薬品をテーマにしていたため取り扱いませんでした。 種類としては多くありませんが、測定対象が無機の医薬品であり、データベースにRIR値がある場合などはRIR法も利用可能です。
その他のご質問
Q11: 結晶子サイズと粒径は異なるのでしょうか。
本編でご説明したXRDを用いた結晶子サイズの解析では、結晶子サイズと粒径は定義が異なります。 結晶子サイズは結晶粒中で単結晶と見なすことができる一部分のことを指します。
Q12: 他の機種と比べてXRDで測定するメリットは何ですか?
Webinar当日の質問回答では、医薬品分析における3つのメリットをご紹介しました。
1つ目に、XRDは非破壊で測定可能です。XRD測定後は、回収してDSCなどのその他の測定に用いることができます。
2つ目に、結晶か非晶質か、同じ物質か異なる物質(多形など)かを、プロファイルから直感的に判断することができます。
3つ目に、温調アタッチメントなどを用いることで、in-situ測定が可能です。in-situ測定結果から、材料の物理的安定性を評価することができます。
Q13: 反射法と透過法の使い分けをどのようにすれば良いですか。
簡単な使い分け方として、その試料の配向のしやすさが挙げられます。配向しやすい場合は、透過法による測定を推奨します。反射測定では、試料の上から圧力をかけて充填するため、針状または板状の結晶は同じ方向を向いた状態で保持されます。このとき、試料に平行な結晶面からの回折線しか観測されないため、正しい強度比のデータを得ることはできません。 そのため、配向しやすい試料を測定する際には反射法ではなく、透過法がおすすめです。
Q14: 大気と反応させたくない試料がありますが、どのように測定すればよいですか
大気と反応させたくない試料を測定する際には、気密試料ホルダーの使用を推奨します。気密試料ホルダーは試料充填をグローブボックス内で行うことで、大気との反応を抑えた状態で測定することができます。 ただし、このホルダーは反射測定に限られます。
気密試料ホルダー
Q15: 一般的な医薬品測定について(光学系条件や角度範囲など)を教えてほしいです
医薬品の多くは有機物であるため、有機物の測定方法についてご回答いたします。
・光学条件について
本編ではご紹介しませんでしたが、装置にはX線の広がりを抑えて分解能を高めるソーラースリットが入射側と受光側に入っています。 このソーラースリットの開口角が狭いものを選ぶことを推奨します。開口角が狭くなると回折線の強度は減少しますが、ピークが密集していることが多い有機物では分解能を優先することが多いです。5.0°と2.5°のソーラースリットをお持ちであれば、2.5°を推奨します。
・角度範囲について
まず開始角度は広い範囲を早いスキャンスピードでテストスキャンを行い、ピークが出現し始める角度を含むように決定します。終了角度はパターンを確認するだけ、定性分析、定量分析を行うだけであれば2θ:50~60°までで十分です。ただし、粉末構造解析などを行う場合は高角度(90°付近)までの測定を推奨します。
Q16: 医薬品原料の場合、10~20°付近に大きなピークが見られ、30°以上ではあまりピークが見られない例が多いですが、何故でしょうか。またこのような原料の場合、30°以上の範囲を測定する意味はあるでしょうか。定量分析や定性分析を行う場合、単純に20°付近の強いピークで解析するのが良いのでしょうか。
医薬品原薬の多くは有機物で、有機物は無機物と比較して結晶を構成する分子が大きいため、格子定数が大きく、ピークが得られる2θ角度が小さくなります。
また、有機物では原子の熱運動や格子欠陥により回折強度が低下します。この影響は、どちらも高角度になるほど顕著になるため、30°以上では回折線がほとんど観測されません。 30°以上でピークが見られない試料に対して、定性分析を行う場合は、明瞭にピークが見られている範囲のみの測定でも十分です。定量分析を行う際、30°以上にも弱いピークが見られているような場合は範囲を広く測定することを推奨します。また、結晶化度の算出が目的の場合は、ハローの積分強度を正しく見積もるために、ハローの裾まで測定する必要があります。このように、解析の目的に応じて測定の角度範囲を決定することが重要です。
