医薬品の開発現場では、原薬の多形スクリーニング、製剤中の結晶相の同定、品質管理など、XRD は多くの役割を担っています。
一方で、「昨日の測定とピーク位置が少し違う」「強度比が毎回違う」「見たことのないピークが現れた」といった“原因不明のピーク”に悩まされる担当者も少なくありません。
特に医薬品などの有機物は、配向しやすい、粉砕するとアモルファスや他の多形に転移するなどXRD 測定に対してシビアな性質をもつものが多く、ちょっとした要因が多形判定や同定結果に影響します。
この記事では、医薬品分野に限らず実際によく見られる XRD測定で判断に迷いやすいケースと、その回避の考え方を分かりやすく解説します。
目次
医薬品分野では わずかな 2θシフトが多形判定や規格値の適否に関わることがあり、ピーク位置の再現性は非常に重要です。
ところが、最もよくある原因は意外にも 「試料の偏心(高さずれ)」 です。
試料が基準面より高すぎたり低すぎたりすると、検出される回折角が本来の位置からずれてしまいます(偏心)。その結果、結晶構造が変化していなくても、回折プロファイル上ではピーク位置のシフトとして観測されます。
特に原薬は流動性の低い粉末が多く、「薄く広げる・平らにならす」といった作業が難しいため、試料面の高さがばらつきやすく、ピーク位置は偏心の影響を強く受けます。
対処の基本は「必ず試料面が基準面にあることを確認する」または「試料位置調整を実施する」ことです。
単結晶構造解析から提供される CIF データは、低温で測定されていることがよくあり、その場合は格子定数が室温とは異なります。
有機化合物は熱膨張率が比較的高いものが多く、CIF と XRD プロファイルがピタッと一致しない理由が、測定時の温度差によるケースは意外とよくあります。
“実物の粉末”が間違っているのではなく、単に測定環境が違う──という典型例です。
では、試料の偏心と格子定数、どのように見分ければよいでしょうか。
試料の偏心は低角度側でピークのシフト量が大きくなります。
一方、格子定数の差異は高角度側にいくに従いピークシフトが大きくなります。
このように、プロファイル全体を俯瞰し、低角度側と高角度側でのシフトの現れ方を比較することで、試料の偏心と格子定数の差異を見分けることができます。
医薬品の多形判定は、ピーク位置だけでなく、強度比が重要になります。
しかし、この強度比が安定せず苦労するケースが非常に多いです。
医薬品の現場で扱う粉末は、粗大粒が混じりやすかったり、針状・板状結晶で強く配向したりと、強度比がばらつく条件が揃っています。
前回のブログ(試料調製で結果が変わる?粉末X R D測定のベストプラクティス)でも紹介した通り、粒径が大きいと、ランダムな方向にX線が回折せず、強度比は安定しません。
また、針状結晶は特定の面が優先的に並んでしまうため、あるピークだけが極端に強く観測されることがあります。
スリット幅が違うと、入射 X 線の総量やX線の照射領域が変わり、低角度側のピーク強度が大きく変動します。
特に、装置を複数の分析者で共有している場合や装置更新時に、入射スリット幅を見落としやすく、陥りやすい問題です。
「前と同じスリット設定か?」「固定スリット測定・可変スリット測定のどちらか?」
強度が合わないときは、まずここを疑うのが得策です。
医薬品の分析では、未知のピークが現れると「分解した?」「新しい多形が出た?」と不安になりますが、実際には装置やホルダーに起因する場合がよくありがちです。
Al製の試料ホルダーなど、材質によっては固有のピークが出ることがあります。
まず試料のないホルダーのみの測定(ブランク測定)を試してみるだけで原因が即座に判明するかもしれません。
Kβ 線が混入すると、強度の高いピークの近く(低角度側)に、見慣れないピークが現れることがあります。
こうした現象は、装置の更新後や移設後、メンテナンス直後など、装置環境が変化した直後に起こりやすいのが特徴です。
多くの場合、Kβ 線を除去するためのフィルターが未装着であったり、フィルターの厚みが適切でなかったりすることが原因となっています。
X線管球を長時間使用すると、管球の劣化に伴って不純線が発生することがあります。
これは、装置を更新した際や、同じサンプルを異なる装置で測定したときに、違いとして気づくケースが多いのが特徴です。
管球の使用時間が規定値に近づいている場合や、全体的に回折強度が低下してきたと感じられる場合は、管球の劣化が進んでいるサインと考えられます。
そのような場合には、管球の交換や適切なメンテナンスを検討することを推奨します。
XRD は、測定条件や試料調整方法などのわずかな要因でピークがシフトしたり、強度が変わったりする場合があります。
しかし、その多くは正しいメンテナンス・確認作業・装置設定によって防げるものです。
多形評価や原薬の品質を正しく判断するには、測定結果だけでなく、その見え方の理由を回折の原理から理解することが大切です。
XRD は単なる測定装置ではなく、医薬品開発の信頼性を支える解析ツールです。
日々の“ちょっとした変化”に気づけるようになると、XRDデータの解釈が安定し、判断に迷う場面が大きく減ります。