固体医薬品の評価法② ~非晶質の有無を調べる~

Application Note XRD1002

要約

固体医薬品は、その結晶形によって溶解性、バイオアベイラビリティ*1、安定性などの物性が異なることが知られており、この理由から特定の結晶形で製品化されています。しかし、固体医薬品は製剤化等の製造工程で粉砕、乾燥、打錠などの処理が加えられ、これらの影響で多形転移や非晶質*2化することがあります。非晶質化した成分を含む医薬品もまた、結晶質とは物性が異なるため、固体医薬品の製造では非晶質の有無や結晶化度*3を調べることが重要です。

そこで、示差走査熱量測定(DSC)(→原理・分析結果1)と粉末X線回折測定(XRD)(→原理・分析結果2)とで、非晶質の有無を判定する方法に加え、粉末X線回折測定の多重ピーク分離法(→原理・分析結果3)による結晶化度算出方法を紹介します。

原理1 DSCによる結晶状態の確認

DSCは、試料を加熱または冷却した時に試料に発生するエネルギー変化とその温度を検出する手法です。

ガラス転移*4や結晶化、融解などの挙動について、ピークの有無、ピーク形状や温度の違いなどを比較することにより、結晶状態や結晶形の違いに関する情報が得られます。

分析結果1

結晶質テルフェナジン(抗アレルギー薬)と非晶質テルフェナジンのDSCパターンを図1に示します。非晶質の場合は、60℃付近にガラス転移による吸熱(下向き)ピークを伴ったベースラインのシフトが見られますが、結晶質の場合には見られません。さらに、非晶質の場合、100℃付近に発熱(上向き)ピークが現れていますが、結晶質の場合には現れていません。

また、いずれのDSCパターンにも150℃付近には、融解による吸熱ピークが見られますが、形状に違いがあり、非晶質から結晶化した試料には、異なる結晶形が含まれていると推定されます。

 このように、試料が非晶質の場合には、融解までに、ガラス転移によるベースラインのシフトと結晶化に伴う発熱ピークが見られます。したがって、ガラス転移と結晶化による発熱ピークを検出することにより、非晶質、結晶質の判定をすることができます。 

XRD1002 Figure 1 DSC patterns of crystalline terfenadine and amorphous terfenadine

図1 結晶質テルフェナジンと非晶質テルフェナジンのDSCパターン


原理2 結晶質と非晶質のX線回折プロファイル 

粉末X線回折プロファイルにおいて、原子や分子が規則正しく配列した結晶による回折線は幅(半値全幅*5)の狭い複数のピークとして観測され、原子や分子の配列が乱れた非晶質による散乱は非常に幅の広いハローと呼ばれるプロファイルが観測されます(図2)。したがって、回折プロファイルの形状を比較することで、非晶質が含まれているか否かの判定ができます。

XRD1002 Figure 2 Differences in X-ray diffraction profiles of crystalline, amorphous and gaseous substances

2 結晶質、非晶質、気体によるX線回折プロファイルの違い


分析結果2 

ここではテルフェナジンについて、粉砕処理前と粉砕処理30分後のX線回折プロファイルの比較を行いました(図3)。粉砕処理後のX線回折プロファイルには半値全幅が2θ=約7°にわたるハローパターンが観測され、粉砕により非晶質化したことがわかります。

XRD1002 Figure 3 Comparison of X-ray diffraction profiles of terfenadine before and after grinding

3 粉砕時間の異なるテルフェナジンのX線回折プロファイルの比較


原理3 多重ピーク分離*6法による結晶化度算出

物質の量が一定で他の条件も同じならば、全散乱X線*7強度も原子の結合状態に無関係で一定であるとみなせます(1)。物質の結晶質部分に由来するピークと非晶質部分によるハローは、互いに独立であり干渉しないとすれば、両者を分離して、それぞれの積分強度(面積)を求めることにより結晶化度を算出できます。

多重ピーク分離法の利点は検量線法を必要とせず、1試料の1測定データから簡便に結晶化度を算出できる点です。

分析結果3

図4、5には、非晶質と結晶質からなるテルフェナジンを測定し、多重ピーク分離法による結晶化度解析を行った例を示します。測定の結果得られた図中赤色のプロファイルに対し、計算分離されたピーク形状が灰色で、分離されたピークの足し合わせが青色で描画されています。分離されたピークの積分強度と前述の式により結晶化度を算出しました。

XRD1002 Figure 4 X-ray diffraction profile and crystallinity of terfenadine

4 テルフェナジンのX線回折プロファイルと結晶化度(結晶質添加量50%


XRD1002 Figure 5 X-ray diffraction profile and crystallinity of terfenadine

5 テルフェナジンのX線回折プロファイルと結晶化度(結晶質添加量70%


*1 バイオアベイラビリティ…ある物質の生物学的利用能。たとえば薬剤については、投与量ではなく実際に体内に取り込まれた量を示す。

*2 非晶質…結晶がもつ高い対称性および長期周期性がなく、乱れた構造をもつ固体物質。極めて短距離の秩序性をもつことから、幅の広いピーク形状のハローを呈する。

*3 結晶化度…結晶質と非晶質からなる試料中の結晶質の割合。

*4ガラス転移…非晶質固体が温度変化により、分子間距離が増大し、ゴム状の弾性を示すような転移。ガラス転移温度を境にして比熱、膨張率(体積)などが大きく変化する。結晶質では現れず、非晶質に特有な現象。

*5 半値全幅…ある測定値についてピークが観測されたとき、ピーク値の半分の値におけるピークの幅。半値幅ともいう。(2)

*6ピーク分離…粉末X線回折プロファイルで近接・干渉するピークを、それぞれ独立のピークに分離すること。

*7 散乱X線…試料を構成する原子の電子によって散乱されたX線。散乱X線の干渉によりX線回折現象が起こる。

参考文献

(1) Compton, A.H., Alison, S.K.: X-rays in Theory and

Experiment (New. York, Van Nostrand and Co. Inc., 1935) pp. 189.

(2) 日本化学会: 第2版標準化学用語辞典, (丸善, 2005) pp. 538-539.

 

*アプリケーションノートに記載されている測定・解析結果は、株式会社リガクによるテスト結果であり、他の環境下で常に同様の結果となることを保証するものではありません。

*アプリケーションノート中の社名、製品名は各社の商標および登録商標です。

*このアプリケーションノートに掲載されている製品は、外国為替および外国貿易法の安全保障輸出管理の規制品に該当する場合がありますので、輸出する場合、または日本国外に持ち出す際は、日本国政府への輸出許可申請等、必要な手続きをお取りください。

 

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