XtaLAB Synergyによる精密構造解析用回折データの測定
はじめに
結晶構造中の電子密度分布の正確な決定、すなわち精密構造解析には、信頼性の高い高分解能の回折データが必要です。精密構造解析における構造の精密化では、HansenとCoppensによる多極子解析や(Acta Cryst. (1978) A34, 909-921)、CoppensとVolkovによるX線拘束波動関数 (Acta Cryst. (2004) A60, 111-119)(原文はページ範囲に誤りありーAY)などの、より複雑な軌道モデルの適用が不可欠です。これらの軌道モデルを採用することにより、異方性をもつ電子密度分布や波動関数と、原子振動による電子密度分布の広がりとを分離することが可能となり、最終的な目的である新たな化学的知見を得ることができます。
精密構造解析に要求される高分解能データの収集では、通常の構造解析では要求されない、高い精度をもつ回折データが必要となります。良質な結晶が前提となりますが、常に良質な結晶が得られるとは限りません。そのような場合でも、先進的なハードウェアとソフトウェアの組み合わせにより、高精度な電子密度分布の取得に必要な、良質な回折データの収集が可能となります。
Rigaku XtaLab Synergyシリーズは、高機能なハードウェアとソフトウェアを融合することにより、精密構造解析に新たな可能性を提供します。
精密構造解析における良質なデータの重要性について
多極子解析法や量子理論計算とX線回折実験を組み合わせた方法による正確なモデルの、回折データに対する精密化は以前から困難な課題であり、現在でも容易ではありません。量子理論モデルの信頼性が上がり利用しやすくなっていますが、X線構造解析の結果と理論計算による結果を比較するためには、もととなる回折データやモデルには高い信頼性が要求されます。そのため、モデルやデータの妥当性を確認するために、実験的に決定した電子密度分布に対して、長年にわたりさまざまな優れた評価用ツールが採用されてきました。一方このような発展は、構造の精密化に含まれるパラメータの数が増えることにもなります。重原子のd軌道、f軌道の存在確率や水素の異方性温度因子の検討では、非常に多くのパラメータを精密化に含めることになります。しかしながら、分子内・分子間相互作用の解析では、電子密度分布のわずかな差異が議論の焦点となります。したがって、データの質に対する要求はますます高まっています。ハードウェアの改良と正確なデータ処理によってのみ要求に応えることが可能となります。
精密構造解析のいかなるアプローチにおいても、熱振動とスメアリングを分子の電子密度から分離することが重要な課題の一つとなっています。X線拘束波動関数フィッティング(XCW)やHansen & Coppensの多極子解析法などの先端的なアプローチのほとんどは、より正確なHirshfeld-partitioningによる電子密度分布を利用しています(Isr. J. Chem. (1977) 16, 198-201)。また熱振動には、等方性、異方性、もしくはより精巧な非調和Gram-Charlier温度因子が用いられます。
異方性をもつ電子密度分布と熱振動は、原子散乱因子の形状の違いにより、分離することが可能です(図1)。異方性を持つ電子密度部分は、結合電子からの寄与であり、比較的低い分解能でゼロに収束します。これに比べ内核の等方的な電子密度分布や、非等方的な変異の寄与分は、高分解能領域においても値を持ち続けるという特徴があります。したがって、電子密度分布の異方性部分は、比較的低分解能領域の回折データにより精密化されていることになります。高分解能のデータに対して熱振動を精密化した場合に限り、このような扱いが可能になります。
異方性をもつ電子密度と熱振動からの寄与を分離するためには、広範な分解能領域全体にわたり高精度な回折なデータが必要です。一般的に高分解能領域では、原子散乱因子が非常に小さくなります。一般的には、微弱な回折データを正確に収集するためには、良質な結晶、高感度・低ノイズ・高い空間分解能をもつ検出器、安定で高輝度な放射光が必要とされてきました。一方低分解能領域では、回折強度が非常に強いため、従来型の蛍光体を利用した積分型の検出器では、すぐに飽和してしまいます。このような状況を避けるためには、低分解能領域では極端に早いスキャンスピードを採用したり、アテネーターを用いて故意に入射X線の共同を下げなければなりません。
蛍光体を利用した検出器では、強い回折点は、通常複数回測定されないため、測定精度が下がります。これは、電子密度の異方性部分に関する情報を持つ、低分解能領域の回折点の測定に最適とはいいがたい状況です。加えて蛍光体を利用した検出器は、常に電子的なノイズの影響を受けています。ノイズは露光時間に比例して蓄積され、最終的には回折強度が埋もれてしまうこともあります。
蛍光体を利用した検出器を、1光子直接計数型ハイブリッド検出器(HPC)に変更することにより、微弱な回折強度と非常に強い回折強度の両者を、精度よく測定することが可能となります。リガクのHPC検出器HyPixは、電荷密度の実験に必要な高分解能・高品質のデータ収集のための新たな可能性を拓きます。
図 1. 炭素の原子散乱因子の分解能依存性(Acta Cryst. (1998) A54, 646)
In order to deconvolute valence density from thermal displacement, experimental charge-density refinements require high-quality data from a vast resolution range. As the atomic scattering factors for high resolution reflections tend to be very small, these reflections are very weak. Therefore, good crystal quality, highly sensitive, noise-free and high-resolution detectors, as well as stable and intense radiation sources are required to make them visible. The low-resolution reflections of such high-quality crystals on the other hand tend to be extremely strong and therefore regularly meet or even exceed the dynamic range of popular phosphor-based integrating detectors. These instrument types require special experimental approaches to overcome the hardware limitations: low resolution data often need to be recorded, by appending additional extremely fast scans or artificially lowering the intensity with attenuators. Using scintillation detectors, the strongest reflections are regularly determined with low redundancy and inferior data quality. In the context of relatively few, low-resolution reflections bearing all information about the anisotropic atomic density, this praxis is sub-optimal. At the same time, scintillation detectors are always affected by electronic noise, ever growing with exposure time and indistinguishable from—and therefore often obscuring—reflection intensities. Both experimental challenges—the determination of extremely weak, as well as extremely strong reflections—can be met by changing from scintillation detectors to direct detection hybrid photon counting detectors. Rigaku implemented this groundbreaking new technology in the HyPix detectors create new possibilities for the collection of high-resolution, high quality data that are required for experimental charge-density.
ハードウェアの進歩 – 検出器技術の進歩
精密構造解析では、高品質な回折データが必須です。逆に精密構造解析用のデータ収集では、ハードウェア・ソフトウェアに対する要求も厳しくなります。
精密構造解析に用いる結晶は、高い結晶性をもつ必要があります。したがって、低分解能領域の回折強度は非常に強くなります。同時に高分解能領域の回折強度は微弱になります。非常に強い回折強度から微弱な回折強度までを、高い精度で測定する必要があります。これらの要件は、真の1光子計数型ハイブリッド検出器によってのみ、容易に満たすことができます。高感度・低ノイズ・広いダイナミックレンジを兼ね備えた検出器のみが、1ピクセルあたり1光子/秒から106光子/秒にわたる強弱に富む回折線の強度を正確に測定することが可能です。非直接検出型の検出器では、最新の検出器でも、1ピクセルあたり104X線光子/秒が限界です。これに比べHPC検出器は、桁違いのダイナミックレンジを持ち、飽和することも非常に稀です。
HyPixシリーズは、ピクセルサイズ100 μmであり、優れた空間分解能を持っています。精密構造解析用検出器としての要件を兼ね備えています。図2では、非常に強い回折強度と微弱な回折強度が弱い反射が同一イメージに記録されています。バックグラウンドは、試料周りからの散乱と空気散乱に限定されています。実際、検出器のほとんどのエリアでの計数が、ゼロもしくはほぼゼロとなっています(図2)。したがってHyPix検出器は、精密構造解析用検出器として、最良の選択肢の1つとなります。
図2.A. HyPix6000HEを用いて、シチジン結晶の回折イメージを10秒/フレームで測定した例。最高分解能は0.48Å。グレースケール は0 (灰色) ~ 10 (黒)。最高強度は58989光子。B.強い回折点のピークプロファイル。C. 弱い回折点のピークプロファイル。最高強度は7 光子。
図 3.リガクHyPixシリーズ。左からHyPix-Bantam、HyPix-6000HE、HyPix-Arc 150°
ハードウェアの進歩 – 最高輝度を誇る実験室系X線源
実験的な電子密度解析における精密化では、広範囲な分解能領域にわたる高精度なデータが必要です。しかしながら、分析したい化合物の良質な結晶が得られないこともあります。高分解能領域で正確な回折強度を測定するためには、モリブデンや銀をターゲットとする高輝度X線源が必要です。
リガクは、高輝度X線源におけるマーケット・リーダーです。他の追随を許さない最高品質の、回転対陰極と多層膜光学系を組み合わせ、実験室系X線源として最高強度・輝度を実現しています。ハードウェアの耐久性、メンテナンス性の高さ、およびサービス体制により、ダウンタイムの目安は年間2~3日程度に短縮されています。70年以上にわたるローター型回転対陰極の開発により、最強かつ信頼性の高いX線源を提供いたします。
PhotonJetハイエンド放射線源は、高解像度データ収集の限界に挑戦しています。新しい興味深い化合物の電荷密度の調査は、リガクの放射線源の優れた強度があればこそ実現できるのです。
ユーザー発想によるソフトウェア - 精密構造解析用
CrysAlisProは、ユーザー登録を行えば、誰でも自由に利用することが可能です。単結晶X線構造解析に必要な回折データの収集と処理に必要な、すべてのツールが備わっています。精密構造解析用回折データの収集は、結晶の選別から始まります。CrysAlisProでは、最初のステップである結晶性のチェックに便利なツールが備えられています。本測定を始める前に、取得できるデータの品質を正確に予測することができます。最適化されたデータ収集のストラテジー、露光時間の最適化、正確な実験終了時間が、ストラテジーの計算の終了と同時に表示されます。データ収集が終了すると、データ処理のための複数の選択肢が示されます。CrysAlisProは、さまざまな強度抽出法、誤差モデル、データの出力形式を備えています。CrysAlisProは、採用するアプローチ方法にかかわらず、精密構造解析用回折データの測定・処理に最適なソフトウェアです。CrysAlisPro開発チームは、ユーザーのニーズに高い関心を持っています。ユーザー発想による新機能を組み込み、定期的にリリースしています。
図 4.左からPhotonJet-S 50 W封入管型マイクロフォーカスX線源、PhotonJet-R 1.2 kW回転対陰極型マイクロフォーカスX線源、およびFR-X 2.97 kW 回転対陰極型マイクロフォーカスX線源
The HyPix detector series combines the requirements of experimental charge-density with an excellent spatial resolution of 100 μm. As illustrated in Figure 2, very strong and weak reflections are recorded on the same image. The background noise merely stems from stray radiation and air scattering—not from electronic noise as in scintillation detectors. It is therefore zero or close to zero for most parts of the detector (see Figure 2). The HyPix is therefore an excellent choice of detector for experimental charge-density determination.
