「箱の中身が見えたらいいのに…」子どものころ、玩具付きのお菓子売り場でそう思ったことはありませんか?大人になった今でも、製品開発や品質管理の現場では「中を見たい」と思われることがあるかもしれません。そんな願いを叶える技術が、X線を用いた非破壊分析です。中でも、X線CT(Computed Tomography) は、製剤の内部構造を3次元で可視化できる強力なツールとして注目されています。今回は、このX線CTによる製剤評価の特長と、今後の可能性についてお話しします。
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言うまでもなく、製剤の品質や性能は目に見えない内部構造に大きく左右されます。粒子の分布、空隙の有無、コーティング層の厚みなど…、内部の微細な違いが、溶出挙動や安定性に影響を与えるとも言われており、これらを考慮した製剤設計が求められます。さらに、製造工程が内部構造に与える影響を把握することも重要です。たとえば、打錠圧や混合条件の違いが空隙率に変化をもたらし、結果として製剤の性能に差が生じることがあります。
これまで製剤の構造観察には、光学顕微鏡やSEMが使われてきました。これらの手法は高分解能で表面構造を詳細に観察できますが、内部を観察するには試料を切断する必要があり、本当の構造を破壊する懸念があります。また、予め切断した断面、いわば「選ばれた」断面だけを観察するため、全体像を把握するには複数の断面を観察し、推測するしかありません。注目している構造の3次元的な形状や空隙の連続性など、本当の構造をとらえることは困難です。
図1 にはCTボリュームデータの取得方法を図示します。X線を試料に照射すると、X線の一部が試料に吸収され、透視画像(いわゆるレントゲン写真)が得られます。この画像を観察するのがX線透過法で、短時間で欠陥(骨ならば骨折)を見つけることができます。X線CTでは、試料を回転させながら撮影した複数の透視画像から、立体的な構造を再構築します。この結果得られたCTボリュームデータ(3次元データ)を観察することで、試料を詳細に調べることができます。
図1:CTボリュームデータの取得方法
次にX線CT撮影の特長を3つ、ご説明します。
錠剤をながめてみても、どこにどのような形の欠陥があるのかはわかりません。このような場合あらかじめ欠陥の部位を切断し、顕微鏡観察することは困難ですが、3次元化されたデータを切り取りながら観察すれば、欠陥の位置がわかります。図2には錠剤内部のクラックの断層画像を示します。このようなクラックが錠剤の中心になかったとしても、X線CTならば見つけることができます。
図2:錠剤内部のクラックの観察例(断層画像)
ひとつの断面では小さな点や線に見えるクラックも、内部に大きな広がりを持つ場合があります。図3には錠剤内部のクラックの立体画像を示します。立体画像からは、クラックが単なる線ではなく空間的な広がりを持つことを理解できます。このように3次元データであれば、観察対象の本当の形をとらえることができます。
図3:錠剤内部のクラックの観察例(立体画像)
気になる構造を観察できたら、この構造がどのくらいの長さや体積を持つのか知りたくなるかもしれません。X線CTデータは小さな画素から構成され、一つ一つの画素は長さと体積を持っています。この画素を利用することで、体積、幅、直径などの数値解析ができます。図4には、試料間の空隙率比較の例を示します。
図4:錠剤内部の空隙率の比較
X線CTによる観察・数値解析で医薬品製剤にアプローチすると、たとえば以下のような評価ができます。
コーティングの厚さ∶コーティング剤の均一性や剥離の有無
粒子の配置:有効成分や賦形剤の3次元的な配置
空隙構造:錠剤内部に存在する空隙の形状と体積
異物混入:製造工程で混入した異物の位置と形状
これらの情報は、製剤設計の最適化や品質トラブルの原因特定に直結します。今後のブログでは、このような事例もご紹介してまいります。
コンピューターの進化と共に、X線CTによる製剤の構造評価は、製剤の本当の姿を知るための新たなスタンダードとなりつつあります。今後は、AIによる画像解析や、他の分析手法との連携によって、さらに高度な構造理解が可能になると予想されます。製剤の「中身」を正確に把握することは、設計の精度を高め、品質を安定させるための第一歩です。ぜひこの技術を、みなさまの製剤開発・品質管理にもご活用ください。