私がまだ製薬企業で原材料購買課を担当していた2014年、日本がPIC/Sに加盟したことで、原材料の受入検査に対する考え方が大きく変わりました。従来の抜き取り検査ではなく、全数検査の必要性が問われるようになり、現場では「どうやって効率的に、確実に確認するか」が課題となりました。そのタイミングで注目されたのが、携帯型ラマン分光計です。袋越しに非破壊で測定できるこの技術は、まさに現場のニーズに応えるものでした。この経験がきっかけとなり、私はこの分析機器の可能性に魅了されました。
製薬業界では、原材料の受入検査や製品の品質管理において、迅速かつ非破壊で信頼性の高い分析が求められています。中でも、IR分光法とラマン分光法は、分子構造を可視化する代表的な手法として広く使われています。
しかし、両者は原理も得意分野も異なり、目的に応じた使い分けが重要です。今回は、IRとラマンの違いをわかりやすく整理し、製薬現場での選定ポイントを解説します。
まず、両者の原理を簡単に説明します。
それぞれ“活性”となる振動(観測できるモード)は異なるため、スペクトルの強度は一致しません。しかし、どちらの手法も同じ分子振動を反映しているため、ピークの位置(波数)はよく似た場所に現れるのが特徴です。
< style="background-color: transparent; font-size: 1.125rem; letter-spacing: 0rem;">言い換えれば、見ている角度は違っても、感じ取っている“分子の揺れ”は同じ。
この関係を知っておくと、IRとラマンのスペクトルを見比べる際に、より深い理解につながります。
この違いにより、IRとラマンは補完的な関係にあります。どちらか一方では見えない情報も、両方を使うことで網羅的に取得できます。
IR分光法は高精度な分析が可能な一方で、測定前に試料の調整が必要になることが多いのが特徴です。
たとえば固体試料の場合、KBrなどの透明な媒質と混合してペレット状に成形する必要があります。液体試料でも、専用セルに入れて厚みを調整するなど、前処理に一定の手間がかかることがあります。
また、水分の影響を受けやすい点にも注意が必要です。水は赤外線を強く吸収するため、水分を含む試料ではスペクトルが乱れることで、測定が困難になることがあります。
これに対して、ラマン分光法は水の影響をほとんど受けません。そのため、水溶液や湿潤状態の原材料でも、特別な処理をせずにそのまま測定できるという利点があります。
さらに、測定時間にも大きな違いがあります。
IR分光法では試料調整を含めると、測定完了までに数分〜十数分かかるのが一般的です。
一方、ラマン分光法は試料を直接測定できるため、数秒〜1分以内で結果が得られるケースも多く、現場での即時判定や迅速な品質確認に適しています。
IRとラマンは、どちらも優れた分析技術ですが、目的と現場の状況に応じて使い分けることが重要です。
精密な官能基の分析にはIR
現場での迅速な原材料識別にはラマン
製薬業界では、スピードと柔軟性が求められる場面が増えており、携帯型ラマン分光計の導入は、現場力を高める選択肢の一つです。