製剤開発の最前線で、DSC(示差走査熱量計)のモニターを見つめている時間は、時に「謎解き」のような緊張感に包まれます。
原薬の安定性を左右する結晶多形の評価、賦形剤との相性チェック、あるいは製造工程で生じた微量な非晶質(アモルファス)の検出……。
そうした解析の中で問題になるのが、ベースラインの揺らぎに埋もれた、ごく小さなピークです。
「これは新種の多形による転移? それともただのノイズ?」
この判断一つで、研究の方向性が大きく変わることもあります。特に経験の浅い分析担当者にとっては迷いやすいポイントでしょうし、経験豊富な技術者であっても判断に迷う場面はあります。
今回は、DSCデータ解析でよくある落とし穴に触れながら、「ピーク」と「ノイズ」を見分けるための実践的な確認方法を整理してみます。
目次
最も基本的でありながら、最も強力な判断材料となるのが、「再現性」です。
ピークの特徴: 試料の相転移や融解による変化であれば、熱力学的な根拠があるため、測定を繰り返しても必ず同じ温度(オンセット温度)で再現されます。
ノイズの特徴: 電気的な干渉、パージガスの乱れ、あるいは近隣装置の振動などが原因となるノイズは、発生するタイミングがランダムです。同じサンプルをもう一度測っても、同じ温度に、同じ形の揺らぎが出ることはまずありません。
「怪しい」と思ったら、迷わず2回繰り返し測定(N=2)を行いましょう。
2本のチャートを重ねてみて、波形がピタリと重なるなら、それは試料由来の真の信号と考えてよい可能性が高いでしょう。なお、再現性を確認する場合は、同じ昇温速度、同じ試料量で測定する必要があります。
「試料を入れていないのに、微小なピークが現れる」
DSCのあるあるの一つです。
その原因は、試料容器(パン)の底のわずかな歪みや、センサー表面の汚れ、装置固有の温度特性などが考えられます。
こうした影響を確認するために、測定前後に「試料を入れない空のパン」での測定、いわゆるブランク測定を行い、装置のベースラインを確認してみましょう。場合によっては試料の測定データからブランク測定データを差し引いてみると、試料由来のシグナルがより明瞭になるかもしれません。
ノイズかピークか判別しにくい微小な信号に対しては、「昇温速度を上げる」というアプローチが有効です。
通常、5℃/minや10℃/minで測定している場合は、思い切って倍以上の昇温速度に上げてみてください。DSCの原理上、昇温速度を速くすると、単位時間あたりの熱量変化が大きくなり、ピークは相対的に強調されます。
一方で、装置や環境に起因するベースラインノイズの大きさは、昇温速度を上げても変わらないことがほとんどです。昇温速度を上げた結果、波形がはっきりと立ち上がってきたなら、そのシグナルは試料由来と考えてよい可能性が高くなります。
物理的なノイズ以外に、試料の詰め方が原因でピークのような挙動が現れることがあります。加熱中に試料が動いたり、パンの蓋がわずかに浮いたりすると、スパイク状のノイズが出ることがあります。また粉末の詰め方が不均一だと、熱伝導が安定せず、ベースラインが波打つ原因になります。
特に製剤分野では、微量な変化を追うことが多いため、「サンプルを平らに、密に詰める」「パンの底をセンサーに密着させる」という基本動作の精度が、データ解析の難易度を大きく左右します。
ただし、サンプリング時の粉砕や加圧は、結晶構造を変化させる、いわゆるメカノケミカル効果を引き起こす可能があります。試料への物理的負荷は最小限に留めましょう。
DSCカーブに小さな波形が現れたとき、直感だけで判断するのは危険です。そのような場合には、以下のプロセスで検証していくことをおすすめします。
これら4つのステップを習慣化することで、データの信頼性は飛躍的に向上します。丁寧な検証の積み重ねこそが、安定した製剤開発につながっていくはずです。