有効成分や添加剤を新たに採用する際、「この原料は携帯型ラマン分光計で受入検査できるのだろうか」と考えたことはないでしょうか。
実際の現場では
といった問い合わせをいただくことがあります。
前回の記事“785nmでは測れない?蛍光を発する医薬品原料の分析に最適な波長とは”では、蛍光を発する医薬品原料に対する1064nm携帯型ラマン分光計の有効性を紹介しました。今回は視点を変え、医薬品原料の保管に広く使用される褐色瓶に着目し、容器越し測定の可能性について紹介します。
目次
医薬品原料や試薬の保管には、青色瓶や緑色瓶、褐色瓶などさまざまな遮光容器が使用されています。医薬品原料や試薬の保管で褐色瓶がよく使われる理由をご存じでしょうか。医薬品原料は、輸送、受入検査、保管を経て製造工程で使用されます。その間に光の影響を受けると品質が変化する可能性があるため、多くの原料では褐色瓶が使用されています。
一般的な褐色瓶は約400nm以下の紫外線に対して高い遮光性を持ちます。ただし、光の透過性はガラスの組成、色の濃さ、厚さ、表面処理によって異なります。
光の波長と遮光瓶の役割
| 光の種類 | 波長範囲 | 特徴 |
| 紫外線(UV-C) | 約100~280nm | オゾン層などに吸収され、地表にはほとんど届かない |
| 紫外線(UV-B) | 約280~310nm | エネルギーが高く、原料の品質に影響を与える可能性がある。青色瓶:約300nmまで高い遮光率を持つ |
| 紫外線(UV-A) | 約310~400nm | 褐色瓶が主に遮る領域。 緑色瓶:約350nmまで、褐色瓶:400nmまで高い遮光率を持つ |
| 可視光線 | 約400~800nm | 人の目で見える光。褐色瓶:この領域でも一定の遮光効果を持つ |
| 赤外線 | 約800nm以上 | 一般的に紫外線や可視光より透過しやすい長波長の光 |
| 携帯型ラマン分光計 | 励起光1064nm | 1064nmの近赤外光を使用するため、紫外線や可視光と比較して褐色瓶の影響を受けにくい |
重要なのは、「1064nm励起の携帯型ラマン分光計であれば、すべての褐色瓶越しに分析できる」という意味ではないことです。実際の測定可否は、容器の材質や厚み、着色の程度、原料の性質によって異なります。
一方で、1064nmは褐色瓶が主に遮光する紫外線や可視光よりも長波長の近赤外光であるため、容器の影響を受けにくく、褐色瓶越しに原料を分析できる場合があります。そのため、医薬品原料の受入検査において有効な選択肢の一つとなります。
では実際に、褐色瓶越しに医薬品原料を分析した場合、どの程度のスペクトルが取得できるのでしょうか。次にエタノールを用いた測定例を紹介します。
ここからは、同一のエタノールを用いて、容器表面と容器内部を測り分けた例を紹介します。
赤線は褐色瓶表面、青線は褐色瓶越しに容器内部のエタノールを測定した結果です。図2のようにダイヤルで測定深度を調整することで、容器表面と容器内部を測り分けることができます。青線ではエタノール由来の特徴的なピークが確認できており、褐色瓶越しでも原料を識別できることが分かります。
測定深度の調整例
ダイヤル0:褐色瓶表面を測定
ダイヤル3:容器内部のエタノールを測定
調整範囲:0~5.5 mm
図2 測定深度を調整するアタッチメントの例
Progenyでは測定深度を調整することで、容器表面の情報だけでなく、
容器内部の原料由来の情報を取得することができます。
次に、同一のエタノールを褐色瓶、透明瓶、バイアル越しに測定しました。
(赤:褐色瓶、青:透明瓶、緑:バイアル)
3つのスペクトルでは、同じラマンシフト位置に主要なピークが確認できます。一方、ピーク強度は容器によって異なり、この測定例では褐色瓶、透明瓶、バイアルの順に高くなりました。エタノールの場合は、褐色瓶越しでも十分なピーク強度が得られており、受入検査での原料識別に使用できることが分かります。一方で、褐色瓶越しに十分なピーク強度が得られない場合には、一部を透明バイアルへ移して測定し、主要ピークを確認する方法も有効です。実運用の前には、対象原料や容器ごとに再現性を確認し、安定した識別結果が得られることを評価しておくことが重要です。
再現性を評価する際のポイント
同一容器・同一原料を複数回測定し、測定位置を変えた場合でも識別結果や主要ピークが安定して得られるかを確認します。特に受入検査で運用する場合は、対象容器ごとの測定条件や判定基準を事前に設定しておくことをおすすめします。
本評価では褐色瓶越しでもエタノールを識別できました。ただし、原料や容器によって結果は異なるため、自社で使用する原料と容器の組み合わせで事前評価を行うことが重要です。
過去に、
「褐色瓶越しに分析できない」
という問い合わせがありました。確認したところ、原因は褐色瓶そのものではなく、褐色瓶に張られたラベルの上から測定していたことが分かりました。
ラベルは励起光とラマン散乱光の通過を妨げるだけでなく、ラベル自体が蛍光やスペクトルを発生させることがあります。そのため、原料由来の信号が弱くなったり、ラベル由来の信号に埋もれてしまったりする場合があります。
図4では、ラベル上から測定した赤線ではエタノール由来の特徴的なピークを明確に確認することができませんでした。一方、ラベルを避けて測定した青線では、エタノール由来のピークを良好に検出できています。
この事例からも分かるように、
「褐色瓶だから測定できない」のではなく、「どこを測定するか」が結果に大きく影響することがあります。
褐色瓶越し測定を行う際は、ラベルや印刷部分を避け、透明な測定面を確保することが重要です。
実際の受入検査では、測定できない原因が原料にあるのか、容器にあるのか、あるいはラベルにあるのかを切り分けることが重要です。まずはラベルを避けて再測定することで、問題を解決できるケースも少なくありません。
今回の評価では、1064nm励起の携帯型ラマン分光計を使用することで、褐色瓶越しでもエタノールを識別できることを確認しました。しかし、実際の測定結果は原料だけでなく、容器の材質や厚さ、測定位置などの影響も受けます。
そのため、受入検査へ適用する際には、以下のポイントを事前に確認することをおすすめします。
① ラベルや印刷部分を避ける
ラベルや印刷部分は励起光やラマン散乱光を妨げるだけでなく、ラベル自体の蛍光やスペクトルが測定結果に影響を与えることがあります。測定時はラベルや印刷、傷や汚れのない位置を選び、測定部を密着させることが重要です。
② 容器ごとの特性を確認する
同じ褐色瓶でも、色の濃さや材質、厚み、形状は異なります。使用する容器ごとに測定可能かどうかを事前に評価しておくことで、運用時のトラブルを防ぐことができます。
③ 測定位置を統一する
容器の曲面や底部は光の入射条件が変わりやすく、スペクトル強度に影響することがあります。できるだけ同じ位置、同じ角度で測定することで、ばらつきを抑えることができます。
④ 再現性を確認する
受入検査で運用するためには、一度測定できるだけでは十分ではありません。同じ原料を複数回測定し、主要ピークや識別結果が安定して得られることを確認しておくことが重要です。
1064nm励起の携帯型ラマン分光計では、褐色瓶越しでも医薬品原料を識別できる場合があります。一方で、容器の材質や厚み、ラベルの有無によって測定結果は変化するため、実際の容器を用いた事前評価が重要です。
褐色瓶越し測定の具体例については、アプリケーションノート 「RAD008 - 携帯型ラマン分光計によるポリソルベートの無菌同定」 もあわせてご参照ください。